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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~16~

 尾城から南下を続けた楽氏軍は、尖軍山近辺で会敵した。尖軍山は文字通り遠目では頂上が鋭利に尖ったように見え、近辺では最も背の高い山であった。当然ながら尖軍山を得れば戦力を有利に進められるため、羽則は真っ先に尖軍山を占拠して防御の陣を敷いた。

 『羽達が来るまでは防御に徹する』

 羽則の戦術は徹底していた。羽則は武の人ではなく文の人であった。自分がそれほど戦が上手くないことは知っていたので、戦上手な羽達が合流するまではじっと耐えることにしたのである。

 楽伝は楽宣施を先陣にして羽則を攻め立てた。先の失態を取り戻そうと果敢に攻める楽宣施であったが、羽則の陣は容易に崩れなかった。

 「伝は苦戦しておるな」

 後方で待機している楽玄紹は遅々として進まぬ戦局に対しても苛立った風を見せず、矢継ぎ早に届けられる情報を聞いていた。楽玄紹は今年中に羽氏を滅ぼすとしたが、焦りは禁物であるとずっと言い聞かせてきた。

 それに楽玄紹に精神的に余裕を与えたのは、羽則が羽氏の大多数を率いて出陣してきたことであった。

 『敵は過誤を犯した』

 敵の方が兵数は多い。しかし、一方で外に出撃したとなれば、野戦において一気に敵を打ち破ることが可能になったのである。楽玄紹が最も恐れたのは、敵が圧倒的兵数で広鳳や他の邑に篭城されることであり、羽則はその可能性を進んで捨ててくれたのである。

 「しかし、敵はどうして動かないのでしょう」

 楽玄紹の陣に身を寄せている楽乗が教えを乞うように言った。楽玄紹もいまひとつ敵の意図が分からなかったので、答えられずにいると、郭文が口を開いた。

 「おそらくは羽達を待っているのでしょう。羽達は戦上手と言われておりますからな」

 なるほど、と楽玄紹は思った。羽氏に謀略をしかけただけのことはあり、郭文が示した回答には説得力があった。

 「それほど羽達は戦が上手いのか?」

 「さてどうでありましょう。山賊討伐などでは戦果があるようですが、実戦には立ったことはないはずです」

 「謂わば敵は現実性のない虚像に頼っているわけか。狂人のような主君といい、羽則も大変であるな」

 その点、自分は幸せなのだと楽玄紹には思われた。楽伝は後継者として申し分ないし、孫達も優秀である。家臣も臣民も楽氏に親しみを感じてくれていた。

 「国家とは外から壊されるより、内から壊れる方が多いのです。羽氏は内部から崩壊しましょう」

 「郭文の言うとおりかも知れんが、気を抜いてはならんぞ」

 楽玄紹は自分を戒めるように言った。国家は内から壊れる方が多い。そのことは当然楽氏にも当てはまるということが分からぬ楽玄紹ではなかった。


 尖軍山での対陣が始まって一週間。羽則軍は未だに壁のように存在していた。羽則は余計な戦闘を禁じ、ひたすら防御に徹した。

 「これならば羽達が来るまで十分に耐えられる」

 羽則は兵士の士気を高めるためにそう触れて回った。将兵達もまた羽達という英傑の到来を心待ちにしていた。だが、広鳳から届けられた羽禁の書状がすべてを打ち砕いた。

 「羽達が死んだ……だと」

 書状の内容は実にあっさりとしたもので、羽達を謀反のため誅殺したということと、羽則は罰しないので引き続き戦場で楽氏と戦え、というものであった。一読した羽則は、この書状が敵の謀略かもしれないと疑ったのだが、羽達の部下達が詳報を持って陣に駆け込んできたことによって真実であると知らされた。

 「なんたることだ!達よ!」

 羽則は声を上げて泣いた。周囲の者達も涙を禁じえなかった。誰しもが羽則の悲劇に同情し、羽禁という主君の非常さに憤りを感じた。

 「羽則様、こうなれば軍を広鳳に引き返して弔い合戦をしましょう。いくら主上とはいえ、この仕打ちはあまりでありましょう!」

 そのような声があがるのも無理なかった。息子を殺しただけではなく、自分のために働けと羽則に平然と命令する主君に彼らが忠誠心など抱けるはずがなかった。

 だが、羽則がそのような声に応えることはなかった。書状を握ったまま唸り声をあげてそのまま倒れてしまった。二、三日、昏倒状態にあった羽則は、そのまま目を覚ますことなく没した。羽氏にとって政治的にも軍事的にも支えるべき親子は、羽則に手によって排除されることとなってしまった。

 これからどうすべきか。羽則という支柱を失ってしまったことによって困り果てたのは将兵達であった。彼に残された道は大きく分けて二つしかない。広鳳に撤退するか、楽氏に降伏するかであった。

 「撤退したところで、あの主君のために働くのか?羽則様のような目に遭うのは次は我かもしれないんだぞ」

 それは将兵達の共通した認識であった。異論を挟む者もおらず、彼らは楽氏に降伏することを決した。

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