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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
201/958

漂泊の翼~14~

 雪解けを待って広鳳を攻めるという報せは、当然ながら尾城を守る楽乗にも知らされた。だが、楽乗には具体的な命令は与えられず、先方を任された楽宣施の使者に羽氏の領土の地図を手渡すだけであった。

 「我らが苦労して作成した地図を宣施様の手柄のために使われるなんて!」

 胡旦は激しく悔しがったが、楽乗にはあまり悔しい感情はなかった。

 「先方は辛いだけであろう」

 それが楽乗の見解であった。地図があるとはいえ、未知の領土で先を進むのは不安しかないだろう。用心して進まなければ、敵の待ち伏せに遭って全滅するだけである。

 尾城には全軍を収容できないので、ほとんどの兵が尾城を通過するか、外で野営することになった。楽宣施も楽伝も尾城には寄らなかったが、楽玄紹は楽乗を訪ねてくれた。しかも、

 「乗は儂と一緒に来い。どうやらお前が福を呼んでいるように思えてならんのだ」

 と言ってくれたのである。楽乗が喜んだのは言うまでもなかった。


 楽玄紹が尾城を訪ねたその晩、郭文がこっそりと楽玄紹と面会した。その場で郭文は、羽禁のことと羽則、羽達のことについて楽玄紹に話をした。

 「羽禁がどうしようもない馬鹿なのは知っていたが、羽達とはそこまで衆望を集めていたのか」

 「左様です」

 「ふむ。そのような情報を単に儂に教えたいわけではなかろう」

 楽玄紹は郭文の異才をすでに周知していた。そして郭文が何をしようとしているのか大よそ察していた。

 「羽禁が羽則と羽達を上手く使えるとは思いません。逆にこちらが上手く使えば、内訌を誘えるかもしれません」

 「その謀略、他の誰かに話したか?」

 「話しておりません。玄紹様のみですが、乗様は薄々感じているかもしれません」

 「なるほど。乗は血の巡りがいいな」

 楽玄紹は腕を組んで少し考えた。味方の血が流れずに敵の戦力を削ぐことができれば、これほど有意義なことはないだろう。

 「よかろう、やってみせよ」

 御意と言って郭文は引き下がった。楽玄紹としては、少しでも成果があがれば程度に思っていた。

 郭文が行ったことは大したことではない。先の尾城の戦いで得た捕虜を一部解放することにした。その捕虜の間に、

 『楽氏は羽禁よりも羽達の存在を恐れている』

 『羽則が政治をとり、羽達が戦場に立てば楽氏は逃げ出すしかない』

 『楽玄紹が一番恐れているのは、羽達が国主となり、羽則が宰相となることだ』

 などと羽達のことを賛辞する噂を流した。これによって羽禁が羽則と羽達に不信感を抱けば多少なりとも軍事に停滞が生まれることを期待したのであった。しかし、この謀略は想像以上の成果を楽氏にもたらすことになった。


 楽氏軍南下の報せは、すぐに広鳳にもたらされた。朝議の場に現れた羽禁は見るからに不機嫌そうで、延臣達は羽禁の凶悪な相を恐れて誰も目を伏せていた。一人羽則だけがじっと正面を見つめていた。

 「誰も楽の老いぼれを討とうと言う者はいないのか!それでも貴様らは、誇り高き翼国の武人か!」

 羽禁は座っていた椅子を蹴り、傍にあった机も蹴った。そして腰の剣に手をかけると、引き抜いて鞘を延臣達に向かって投げつけた。

 「勇気のない奴はここで死ね。俺自身が斬ってやる!」

 羽禁ならば本当に斬りかねない。羽則は羽禁の方に向き直った。

 「主上、僭越ながら私にお任せください」

 「羽則か……」

 いつもならば羽則が何か言わんとすると、疎ましそうにする羽禁であったが、この時はにやりと笑った。

 「私に軍をお授けください。賊徒の南下を阻止いたしましょう。しかし、それだけでは足りませぬ。先ほどお願いいたしました我が息子、羽達の帰還をお急がせください。羽達は優れた兵法家です。きっと主上のために働き、敵を打ち破るでありましょう」

 「ふむ、よかろう。羽則に任す。羽達にはすぐさま帰ってくるように指示しよう」

 羽禁は性格的に狂人であったが、為政者としては決して無能ではなかった。必要であることへの判断は素早く、躊躇いがなかった。羽禁は羽達に召還の書状を出し、羽則が全軍の司令官になるよう行政化した。これにより羽則は羽氏軍の半数以上となる五万名の兵を束ねる元帥となったのであった。


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