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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
200/958

漂泊の翼~13~

 新たな年を迎えた。

 楽玄紹はこれほど気分の良い新年を迎えたことはなかった。親族、家臣が一堂に並び、新年を祝う宴を開いた。慶賀の言葉を受け終えた後、楽玄紹は楽伝を傍に呼んだ。

 「伝、今年中に羽氏を滅ぼすぞ」

 楽伝は目をむいた。父が酔って戯言を言っているのかと問うような目線だったので、楽玄紹は杯を置いた。

 「儂は本気だ。乗によって尾城を得たのだ。過去何度も挑んでも得られなかった尾城だ。これはお前達の働きのおかげであると同時に、儂には天啓であると思えてならんのだ」

 「天啓ですか……」

 「伝よ、儂がどうして大金を払って公の爵位をもらいながらも、この楽を国家としなかったか分かるか?」

 余談ながら、楽氏の長は『楽公』と名乗っている。これは私称ではなく、義王と界公に多額の金銭を払って公の爵位を得たためであった。つまり、翼国を含めた他の神器を持った創世の七国の国主と爵位という点ではまったくの同列であった。

 「分かりかねますが……」

 「楽氏は翼氏の末裔だ。翼国の真主である末裔が仮国を建国してどうする」

 楽玄紹の言葉を聴き、楽伝は何度も頷いた。

 「儂はもう自分の代で羽氏を滅ぼすことはできないと思ってお前に家督を譲った。そのことについて後悔はない。だが、今こうして尾城を得て敵に楔を打ち込むことができた以上、やはり羽氏の滅亡をこの目で見たい。儂の我儘、叶えてくれるか?」

 「勿論です、父上。父の願いは子の悲願でもあります。ぜひ共に羽氏を滅ぼしましょう」

 楽伝の言葉も力強かった。これならば羽氏を滅ぼすという願いも実現するであろう。

 「雪解けと同時に進発するぞ。それまでに準備を万端にしておくのだ。儂は広鳳を得るまでは許斗には帰らんぞ」

 二人の会話を聞いていた親族、家臣達に高らかに宣言した。彼らは同意を表す様に杯を高く掲げた。


 楽乗は新年を尾城で迎えていた。楽氏の親族と家臣団の中で許斗で新年を迎えられなかったのは、楽乗と泉国に備えて東方にいる楽成だけであった。

 尾城は楽玄紹の指示により大幅に改築された。万単位の兵を収容できるように規模を拡大し、防備も増強していった。常備兵数も二千名を誇り、羽氏が所有していた時とは比較にならぬほど大規模な拠点となっていた。そのためか羽氏は積極的に尾城を奪還しようとした素振りを見せず、二度ほど威力偵察程度の攻撃があっただけであった。

 楽乗はこの比較的平穏な日々を活用し、広鳳攻略への下準備を行っていた。胡旦、胡演兄弟を羽氏の領土に放ち、先に胡演が作り上げたものより詳細な地図を完成させようとした。さらに楽乗は阿習を招き、広鳳の地図も作成しようとしていた。

 「広鳳はほぼ円形の城壁で守られていますが、老朽化が進み、その改修もほとんど行われていません。あそこに住む連中は、広鳳に敵が攻めてくるなどちっとも考えていません」

 阿習は積極的に楽乗を助けた。つい先ごろまで羽氏の兵とは思えぬほどの変わり身であった。

そのことを冗談半分に楽乗が指摘すると、阿習は苦笑しながら応えた。

 「乗様もご存知でありましょう。我らがかつての主君、羽禁のことです。あれは主君というよりも人として失格です。あれに付いていって未来があるとは思えません」

 これがよい機会だったのです、と阿習は正直に言った。

 「噂には聞いていたが、羽禁とはそれほどひどい人物なのか?」

 尋ねたのは郭文であった。阿習は楽乗と郭文に羽禁の悪行を述べた。

 「これは聞きしに勝る暴君ですな。さてさて、羽氏唯一の石柱である羽則も気苦労が絶えぬでしょう」

 羽則の存在は楽乗も何度か郭文から聞かされていた。郭文曰く、羽氏には勿体ない逸材らしい。

 「その羽則には羽達という息子がおります。有能な人物で、羽達が国主であればと申す者もいるぐらいです」

 ほほう、と郭文が唸った。

 「郭文、何かよからぬことを考えているな」

 「これは乗様、お人が悪い。無能で暴虐な主君に、衆望を集める優秀な家臣。この関係ほど怖いものはありませんぞ。私が何か思いつかぬとも、決してよい結果にはならぬでしょう」

 そう言いながらも謀略を仕掛けるのが郭文であった。


 雪が解けると、楽玄紹と楽伝は進発した。動員兵数は四万五千。言うまでもなくこれまで楽氏が動員した最大の兵数であり、これで楽氏の領土に残る兵士はほとんどいない状態となった。

 この大幅な増員が可能になったのは、東方の泉国との国境を守っている楽成の兵力を引き抜くことができたからであった。現在、楽氏と泉国の間には友好関係もなければ、険悪な状態にもなかった。それでも用心のために一万規模の兵士数を置いていたのだが、それを丸々転用したのである。当然、東方は無防備になるので、泉国に多額の金銭を支払うことにより、同盟関係を成立させたのだった。

 『成を使えるのも大きい』

 楽成は楽玄紹の末弟である。楽玄紹の父は子福者であったが、男で生き残っているのは楽玄紹と楽成だけであった。この二人の年齢差は二十歳ほど離れており、楽伝とほぼ同年代であった。

 楽成は兄である楽玄紹に忠実であり、戦も上手い。片腕となってくれるのは間違いなかった。

 『これで羽氏を滅ぼせないのであれば、永遠に無理であろう』

 楽玄紹はその覚悟で許斗を出たのであった。

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