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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
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黄昏の泉~2~

 泉国は中原の北東に位置する。南には静国があり、西へ行くと翼国がある。さらに海を渡ると印国がある。北方にあるためか気候的には寒冷であり、作物の実りは良くない。しかし、比較的国情が安定している静国、印国と交易しているせいか、本来ならば経済的には豊かであった。

 ただ国情はよくない。十数年前に泉国の本来の国主である泉公―名前は弁―が家臣である相房に殺害され、現在はその相房が国主の座にある。相房はあくまでも仮の国主、仮主である。仮主は国を乱れさせるとは古来から言われていることであり、今の泉国はまさにそれであった。各地で不作が続き、飢饉による死者も発生していた。それに伴い、暴動や犯罪が多発し、国土は乱れ、人心は荒んでいた。

 

 泉国南部にある洛鵬という港町も例外ではなかった。印国との貿易拠点であるこの港町は、泉国の中でも経済的に裕福であるはずなのだが、今の街並みにはその面影はない。

 町を囲む外壁は崩れ落ちている場所が多く、軒を連ねていた商店も随分と空家が増えていた。そして何よりも貿易港であることの象徴のはずの印国からの貿易船が劇的に減っていることであった。多い時は大小合わせて十隻近くの船が港に停泊していたが、今はわずか一隻しかない。

 そんな寂しげな風景を、旅装をしたひとりの少年は漠然と眺めていた。桟橋に腰をかけ、頬杖をつきながらぼっと海を眺めていた。傍から見れば釣をしていて中りを待っているかのようであったが、背中に背負った鞘と、膨らんだ袋包を見れば、その少年が釣人ではなく、旅人であると知れた。

 「船を待っているのかね?」

 釣竿を片手にした老人が少年の背後から声をかけた。少年が振り返った。まだ幼さが残っているが、しっかりとした瞳は、これまで彼が重ねきた苦労を物語っていた。

 「印国にいけば、仕事はありますかね?」

 「印は真主であり、国情も落ち着いているという。しかし、ここから出る船が少なくなった。自然と船賃もあがる。船賃は持っているのかね?」

 老人が問うと、少年は首を振った。

 「仕事を探しているのかね?」

 「ええ。何かいい仕事ありますか?」

 「あれば、教えてやりたいが、あいにくな……」

 老人は洛鵬で商人をやっていた。今もやっているのだが、最近はてんで暇なので、釣糸を垂れる毎日であった。

 「洛鵬に来れば、仕事があると思ったんですけどね」

 「ということは、君はここの子じゃないね?何処から来た?」

 「洛影」

 少年は短く応えた。老人は、ああと唸った。洛鵬から二日ほど北へ歩いた所にある集落である。洛鵬で消費される作物を細々と作り続けている小さな集落である。洛鵬が弱れば、洛影で仕事がなくなるのも当然であった。

 「家族は洛影にいるのか? 君みたいな子供が出稼ぎに出なければならないほど、洛影は悪いのか?」

 僕は十七歳ですよ、と少年は笑った。老人からすると、十七歳でも子供であった。

 「母は先日亡くなりました。父はもとよりありません。兄弟姉妹もいないので、飛び出してきました」

 少年はさらりと言った。老人は息を詰まらせた。

 「私はここで商人をやっている。できれば君を雇ってあげたいのだが、この有様だ。仕事がなく、ここで釣糸を垂れて日が傾くのを待つ毎日だ。私でもこの調子だ。洛鵬にいてもろくな仕事にはありつけまい」

 少年に見舞われた不幸は老人のせいではない。しかし、自己弁護せねばならぬほど、少年の苦難を直視できなかった。

 「泉春へ行けば、仕事はありますかね」

 泉春は泉国の国都である。洛鵬から内陸へとかなり行かなければならない。印国への船賃が払えないようであれば、旅の途中で路銀を稼がない限りは泉春にはまず行けないだろう。

 「泉春に行っても仕事があるとは限らんが、まぁここよりはあるだろうが、泉春か……」

 老人はふと考え込んだ。三日後、泉春へ商用で行くことになっている。当然、泉春へと運ぶ荷物があり、それを護衛する兵も必要であった。

 「少年は、剣術ができるのかね?」

 「多少は。でも、背中のこれは鈍らですよ」

 「ちょうど三日後、商用で国都に行く。護衛の兵を雇っているんだが、少年も加わるかね」

 「いいんですか?」

 「剣は支給するよ。少年、名前は?」

 「樹弘」

 少年は名前を言って初めて笑みを見せた。

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