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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
195/959

漂泊の翼~8~

 話は少し遡る。楽伝は五千名の兵を率いて許斗を出た。そのうち五百名が別働隊として楽宣施の支配下に入った。

 『なんとしても今回の出師を成功させる』

 楽伝は強い意思を持っていた。楽公となってはじめての出師であるし、許斗からは楽玄紹が見ている。そう思うと失敗するわけにはいかなかった。

 『せめて尾城を取ろう』

 尾城を取るまでは許斗には帰らない。楽伝はそう誓って軍を南へと進めていった。

 尾城を守る羽氏の将は黄桓。慎重な性格で冒険心を起こさずに攻めてくる楽氏を着実に撃退してきた。今回も楽氏が攻めてきたという報せに接した黄桓は、いつものように長蛇の坂麓で陣を張り、迎撃しようと考えていた。しかし、敵将が新しくなった楽伝であるとここと、五千名という大軍容であると知って認識を改めた。

 『新しい楽公は本気だ』

 慎重な黄桓であったが、さすがに迎撃作戦の変更を考えた。これまでの楽氏の侵攻は、最大でも三千名程度であった。それならば麓でじっくりと敵が来るのを待っていればよかったが、五千名となれば数で押し切られる可能性もある。麓を突破されれば、尾城まで敵を防ぐことができない。

 『こちらも積極的に押し出すべきか?』

 そう考え直した黄桓は部下達に諮り、部下達も声をそろえて黄桓に賛同した。これを受けて黄桓は二千名の兵を率いて尾城を出た。そして長蛇の坂の中腹で陣を構えて楽氏の軍を迎えた。

 羽氏の迎撃姿勢に楽伝は驚いた。楽伝は麓で戦端が開かれると予測していたので、黄桓が坂の中腹で待ち構えていると知ると、わずかに動揺した。

 『敵はこちらを攻めようとしていたのか?』

 という疑問が浮き上がったが、ともかくも楽伝は戦闘を開始させた。

 長蛇の坂は大軍を通す唯一の経路とされているが、道幅はそれほど広くない。双方とも混乱を避けるために一部兵力をだけを坂道の戦闘に投入させていた。

 当初から撤退して敵を誘引するつもりであった楽氏軍であったが、戦闘の勢いは坂の上から攻める楽氏の方にあった。羽氏軍は徐々に押され始めた。

 「このまま勢いに任せておりきるべきです」

 楽伝の周りにいる参謀達は口をそろえて主張した。楽氏軍の方が数で勝り、尚且つ高所から低所へ攻めるという地の利がある。犠牲はでるだろうが、このまま攻め立てれば長蛇の坂を抜き、尾城を占領できることも可能だと思われた。

 楽伝も実はそのように感じ始めていた。しかし、

 『宣施に手柄を立たせてやりたい』

 楽伝は客観的な有利な状況を活かすことよりも、肉親の情を選んだ。楽伝は当初の予定通り、敗走を装った後退を命じた。

 「敵が後退しただと……」

 黄桓はいぶかしんだ。楽氏軍は勝ちつつあった。そのため黄桓は一旦長蛇の坂を降りきって態勢を立て直そうと考えていたところであった。慎重な黄桓としては、ここで自軍も後退させてもよいと考えていた。

 「これみよがしの後退にはきっと何かあります。我らも後退すると、それを見て逆撃してくるかもしれません」

 部下の諸将はそう進言した。なるほどと思った黄桓は決断した。

 「敵を追撃しろ。但し慎重に進め」

 黄桓は自らの身も前に進めた。

 羽氏軍は長蛇の坂を上りきった。追撃する速度が遅かったせいか、楽氏軍はすでに地平線の向こうに消えており、黄桓が目にしたのは荒涼とした平原だけであった。黄桓は、意図せねことながら楽玄紹によって羽氏が黒絶の壁以南に追い落とされて以来はじめて長蛇の坂を上った将となった。

 ここで黄桓ががむしゃらに楽伝を追っていたら、その背後を楽宣施が封鎖し、佯敗していた楽伝が反転して理想的な包囲殲滅戦が繰り広げられていただろう。しかし、黄桓は慎重であった。

 「斥候を出せ。敵の正確な位置を探るんだ」

 黄桓は軍を一時的に停止させ、各方面に斥候を放った。黄桓の目的は、撤退した楽氏軍の正確な位置を確定し、このまま攻め込むか、それとも長蛇の坂を引き返して尾城に撤収するか判断するためであった。だが、黄桓が放った斥候は思わぬ収穫を得た。

 「これより東方の窪地に息を潜めた軍勢がおりました。その数、おそよ五百」

 言うまでもなく、この軍勢とは楽宣施の部隊であった。迂闊にも楽宣施は敵の斥候に見つかってしまい、しかもそのことに気がついていなかった。

 「やはり敵に策があったか……」

 黄桓は単に慎重なだけではない。武人としての勇気も持ち合わせていた。

 「軍を東に向けろ。敵の遊撃部隊を叩く!」

 黄桓は全軍を持って楽宣施の部隊を叩き潰そうとした。

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