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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~7~

 「それで我らはどうするのだ。主からは単に羽氏の領土で陽動しろとしか言われていない。一層のこと、広鳳にでも攻め込むか?」

 龐克が最初に口を開いた。無論、これはろくな手柄があげられないだろうことへの不満を交えた皮肉であった。

 「それもよろしいでしょうが、そういう楽しみは後のこととしましょう」

 郭文は微笑をたたえて龐克の皮肉を受け流した。

 「郭文には何か良き作戦があるのか?」

 訊いたのは楽乗であった。郭文の言に従えといった楽玄紹の言葉を思い出してのことであった。

 「ございます。尾城を攻め、これを奪います」

 尾城は長蛇の坂を下った先にある羽氏の拠点である。確かにここを奪取できれば、これほど大きな戦功はないだろう。

 「馬鹿なことを申すな!尾城には三千名の兵がいると言われているのだぞ。我らで勝てるはずがない」

 龐克が声を荒げた。武人の龐克からすると、砦の籠もる三千名の兵を百五十名で落せるはずがないと思うのも当然であった。

 「左様。普通にやれば勝てません。しかし、我が軍の作戦によれば、敵は楽伝様が率いる主力に誘引され、黒絶の壁の上におります。尾城は空同然でありましょう」

 郭文の発言に一同唖然とした。楽伝が率いる主力を囮にしてしまおうと言うのであった。

 龐克は何か言おうとして口を開いた。だが、何事か思うことがあったのか、なかなか声を発しなかった。

 『龐克は可能だと判断したな』

 明敏に察した楽乗はこのまま話を進めてしまうと考えた。

 「郭文、具体的な方策があるのか?」

 「難しいことはありません。ひとまずは我が計略のとおり進めていただきましょう」

 郭文が不適に笑い、作戦の概要を話した。捨て鉢的な任務を負わされた楽乗達が華々しい戦果を挙げるにはこれしかないというものであった。楽乗もつい郭文の話に引き込まれ、最後まで黙って聞いていた。龐克も同様であり、郭文の話が終わる頃には興奮のあまり顔を紅潮させていた。


 羽氏の領土に侵入した楽乗達は、一気に東へと進んだ。

 『尾城を攻撃するとして、その間、敵に気付かれるかもしれんぞ』

 出発前、郭文の作戦を了承した龐克は懸念を口にした。確かに百五十名程度とはいえ、進軍路近くに砦や邑があれば、察知されてしまう恐れがあった。

 『その懸念はないだろう』

 答えたのは楽乗であった。敵は気がつかないだろう、という確信が楽乗にはあった。黒絶の壁から敵地を度々見下ろしてきた楽乗は、尾城近辺の地形を熟知していた。黒絶の壁近くは森林地帯が多く、軍容を隠すには最適であった。しかもこれといった拠点もないので、敵兵の哨戒に引っかかる可能性も少なかった。

 楽乗がつぶさに説明すると、龐克は感嘆の声を上げた。

 『なるほど。郭文殿も優れていたが、楽乗様もなかなかの戦略眼をお持ちだ』

 龐克は上機嫌に笑った。郭文も嬉しそうに頷きながら、

 『将軍の懸念はご尤もです。その懸念を払拭すべく、陽動の陽動と参りましょうか』

 郭文にはまだ案を秘めていた。郭文は楽乗から了承をもらい、胡演に二十名ほどの騎兵を率いさせてさらに敵地奥深くに侵入させた。

 「何故、胡演だったんだ?」

 胡演と別れてから楽乗は郭文に聞いた。楽乗からすると年長の胡旦の方が相応しいと思っていた。

 「胡演は何事にも冷静ですし、応変の才があります。大軍を指揮するのなら胡旦の方がよろしいでしょうが、あのような細かい任務は胡演の方がそつなくこなすでしょう」

 郭文の心眼はまさに冴えていた。胡演は期待を超える働きをし、羽氏の拠点を次々と風のように襲っては去っていき、ついには国都である広鳳付近にまで侵入することに成功した。羽氏は、胡演部隊の存在を楽氏による陽動作戦とは見ていなかったようであるが、規模の大きな盗賊程度には認識していたようで、一部の兵力を戦線から引き上げさせていた。

 さらに胡演は単に拠点を襲撃するだけではなく、同時に羽氏の領土を精密に記録させた。これが後に大いに役立つことになる。

 

 楽乗達は一度も敵に遭遇することなく、尾城周辺に到着することができた。

 「さて、ここまでは順調。百名程度でどうやって攻める?」

 龐克は郭文に尋ねた。もはや郭文はこの部隊の軍師となっていた。尾城は城という文字が入っているが、砦といった規模しかない。それでも長蛇の坂を下ってくる楽氏を迎撃するために常時三千名の兵士が駐屯しているとされている。

 「我が軍はすでに出撃し、尾城の敵兵も迎撃にでているでしょう。守備兵は、二百か三百かといったところでしょうな」

 確認してまいりましょう、と郭文は事も無げに言った。

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