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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼〜1〜

 龍国と極国の調印式を見届けた樹弘と翼国は帰路についていた。双方の馬車隊は翼国を通過している。

 「それにしても翼国は広大だな」

 樹弘は馬車から見渡せる光景を眺めていた。現在、翼国の北部を進んでいる。見渡す限りの荒野が広がっている。草木はほとんどなく、荒れ果てた大地といっても差支えが無かった。

 「そうですわね。南部へ行くと、豊穣な田園地帯がありますものね」

 樹弘の隣に座る景蒼葉が同意した。今回の随員は景蒼葉と景弱のみであった。

 景蒼葉の言うとおり、翼国南部は豊穣の地と言うべき豊かな田園地帯が広がっている。以前、樹弘が翼公の先導で界国に向かった時は、その南部を通過したので、今見ている光景との差にただ驚くだけであった。

 「我が国も似たようなものですが、これほどではありませんね」

 樹弘に従い泉国を駆け巡った景弱もさっきから窓の外から視線を外さなかった。泉国の北部でもこれほど荒廃した地はない。

 「それだけ翼国は広いのだろう」

 翼国の国土は七国のうち条国に続いて二番目に広い。だからこのような土地もあるのだろう、と樹弘は思った。

 馬車の中で三人がそのような雑談をしていると、一騎の騎馬武者が樹弘の馬車の傍に寄って来た。翼国の家臣である羽敏であった。

 「明日で我らは東と南に別れることになります。そこで我が主は、この先の許斗という邑で送別の宴を開きたいと申しております」

 「承知しました。よしなにお伝えください」

 「では。あと半刻もいけば許斗が見得るでありましょう」

 羽敏が颯爽と騎馬を進めていった。

 夕刻になり許斗に到着した。とても小さな邑であった。徒歩でも短時間で一周できそうな広さであり、建物などを見ても決して豊かな集落ではないことは明らかであった。

 それでも翼公がお見えになると先触れされていたせいか、集落の入り口には人だかりができていた。それでも五十名もいないだろうが、翼公と樹弘を熱烈に歓迎してくれた。

 「あの歓迎してくれた人達がこの邑の全員かもしれませんね」

 景弱が冗談っぽく言ったが、実はそのとおりであることを樹弘達は知ることになった。翼公が許斗の住民全員を宴席に招待して酒を振舞ったのである。

 「はは、久しぶりの許斗だ。皆、心ゆくまでの飲んでくれ」

 樹弘はこれまで何度か翼公と宴席を共にしたことがあったが、これほど楽しそうな姿を見るのははじめてであった。

 「ご機嫌がよろしいですね、翼公。それほど龍国と極国の和平を実現させたのが嬉しいのですか?」

 樹弘は翼公が上機嫌の原因を龍国と極国の和平にあると思っていた。覇者を目指している翼公なら両国の和平を実現させたことは、ひとつの大きな布石となったことは間違いなかった。

 「ふむ。それもある。しかし、機嫌がいいように見えるのは、ここが余の故郷だからだ」

 「ここが?」

 「ふふ。随分と寂れた集落なのに、と思ったか?」

 「いえ、そのようには……」

 「確かに許斗は随分と寂れてしまった。だが、もともとは大きな集落だったのだよ」

 翼公は何かを懐かしむように目を細めた。この老人が積み重ねてきた歳月とそれに比例する苦労を考えれば、たとえ寂れた故郷であってもやはり懐かしむものだろうか。

 「私はてっきりと広鳳のご出身かと思っていました」

 広鳳とは翼国の国都である。樹弘は一度訪ねたことがあり、その殷賑極まった大きな集落にただ驚かされるだけであった。

 「そうか。泉公は翼国の歴史をあまり知らんのだな」

 「お恥ずかしながら」

 「ならば語るとするか。余、楽乗の話を。まだまだ夜はこれからなのだからな」

 翼公は杯に入った酒を飲み干した。それを見て樹弘が杯に酒を注いでやると、翼公は嬉しそうに目を細め、語り始めた。翼公―楽乗がいかにして国主となったかという話を。

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