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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
18/1001

黄昏の泉~18~

 夜の帳が下りた。多くの人が寝静まり、見張りの兵士達も門を守る夜警の兵だけになる。そのことはすでに調査済みであった。

 『しかし、真夜中ではなく、未明に決行する。未明の方がより警戒感が薄くなる』

 甲元亀は樹弘にそう教えた。その時までは仮眠をしておくように言われたが、興奮していた樹弘は、床にも着かず、じっと時が来るのを待っていた。

 「行くか、樹弘。荷は手配してあるから、金子銀子のみ持って行くぞ」

 「甲様。これだけは……」

 樹弘は懐に抱いていた剣を示した。

 「樹君の家に伝わる家宝という剣か。よかろう。そういうものは大切にせねばならんからな」

 甲元亀は頷いて理解を示してくれた。

 二人は他の使用人達に気づかれないようにそっと外に出た。残していく使用人はすべて麦楊で過ごすようになってから雇った者ばかりだと言う。

 「儂らがいなくなって咎を受けるかも知れんな。多少は情があるが、相房の間者の可能性もあるわけだから、やむを得んだろう」

 甲元亀は闇の中を進みながら言った。そんな中で一番新参の樹弘だけを連れ出したということは、やはりそれだけ樹弘を信頼し、期待しているのだろう。

 闇の中、松明もなく只管闇の中を行く。月明かりも乏しいので目が闇に慣れてきても、樹弘はどこにいるのか判然としなかった。しかし、甲元亀はたどたどしく歩く樹弘とは反対にすいすいと先を進んでいく。どうやら街の外れの方に向かっているようだが、そこには城壁しかないはずだ。などと樹弘が思っていると、次第に異臭がしてきた。

 「うっ!これは……」

 樹弘は思わず声を出してしまった。あまりの臭さに鼻を手で押さえたが、その程度でどうにかなる臭さではなかった。

 「肥溜めですか?」

 「そうじゃ。ここならあまり人も立ち寄らんであろうから……」

 そう言って甲元亀はいくつかある小屋の中のひとつを開けた。中は作業道具が乱雑に置かれていて、甲元亀は壁沿いに積まれていた木箱を動かすように樹弘に指示した。木箱を取り除いていくと、人一人がようやく入れるような穴があった。

 「これですか?」

 「ふむ。儂らが最後のはずじゃ。急ごう」

 甲元亀は先に穴に入り、樹弘はその後に続いた。

 通路は狭い。こちらも人一人が進める程度の狭さであったが、それでもこれだけの穴を掘るのは相当な作業であっただろう。甲元亀はかなり昔から準備をしていたに違いない。そのことを樹弘が口にすると、

 「そうさな。儂がこの麦楊に来て十年以上も経っておる。この程度の穴を掘らすには充分な時間であろう」

 景家の家宰として、泉国の重鎮としての甲元亀は伊達ではないということだろう。通路は随分と続いた。やがて行き止まりと縄梯子があった。それを使って上へと進むと、地上に出た。石壁に囲まれた洞窟のような場所に出た。

 「ほれ。もう朱麗様達がいらっしゃるわい」

 洞窟の入口付近からは松明の灯りが見えた。甲元亀に続いて洞窟から出ると、見覚えのない森の中に出た。

 「元亀様。お待ちしておりました」

 松明をもっていたのは景朱麗であった。傍には景蒼葉も景黄鈴もおり、麦楊で見知った顔もあった。全員で十五名はいるだろうか。

 「へへ。やっぱり来たんだ」

 景黄鈴が嬉しそうに近寄ってきた。

 「これでも甲様の護衛役だからね」

 「うふふ。樹君がいないと、黄鈴は遊び相手がいなくなりますからね」

 景蒼葉がちゃかすように言うと、景黄鈴はそんなことないよと顔を真っ赤にして否定した。

 「元亀様。厳侑が来ております」

 景朱麗は樹弘と目を合わそうともしなかった。樹弘もなんとなく景朱麗と接触するのは躊躇われた。

 「おお、厳侑。急なことですまなかった」

 「いえいえ。これしきのこと」

 厳侑は二台の馬車を引き連れていた。

 「商隊を偽装するための荷物と数日分の食料があります」

 「これはありがたい。使わせてもらう」

 「樹さん。こうなることは何かの運命であったかもしれませんね。甲様をよろしくお願いします」

 甲元亀に樹弘を推薦したのは他ならぬ厳侑であった。今こうして厳侑の手助けによって甲元亀と供に逃亡生活を送ろうとしている。そう考えると確かに運命的ではあった。

 「そうですね。これも僕の運命だとすれば、不思議なものです」

 洛鵬でくすぶっていた樹弘の運命は変転しようとしていた。しかし、その変転の先は樹弘本人にも予想のつかないものであった。

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