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七国春秋  作者: 弥生遼
孤龍の碑
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孤龍の碑~44~

 青籍の国主即位という慶事と、極国と全面戦争になるという緊張感の中、忘れ去れた者達がいた。馬求と虞洪夫人である。

 本来であるならば、龍信が逐電した時点で国政をまとめなければならない立場にあるのが馬求なのだが、龍信がいなくなったと知ると、自らも虞洪夫人を連れて龍頭から姿を消したのである。それは虞洪夫人も同様であり、所詮この二人は龍玄あるいは龍信という国主がいてこそ権勢を誇れたのであり、自立して政治ができるような器量を持ち合わせていなかった。

 「条国に亡命する」

 馬求はそう言ったが、虞洪夫人は首をかしげた。

 「印国の方がよいのではないか?」

 条国へ行くとすれば、半島の東岸から船に乗るか、陸路翼国に入って横断せねばならない。それよりも龍頭は半島の西側によっているので、西岸から船に乗れば一気に印国まで行ける。印国へ向かうほうが道中の安全性は高かった。

 『この女には政治が分からん』

 安全性でいえば確かに印国へ亡命する方が安全かもしれない。しかし、馬求は政治的に考えてやはり条国であろうと判断した。

 「印国は島国で直接的に利害を持たない。それよりも条国は極国にも翼国にも利害を持っている。これを利用すれば復権も可能だ」

 馬求がそう説いたところで考えを変えるような虞洪夫人ではなかった。

 「では、あなたは条国へ行きなされ。私は印国へ向かいます」

 虞洪夫人は命じるように言った。馬求としてもこの女に愛想を尽かしていたので、

 「勝手にされよ」

 と言い捨てて袂を分かった。


 印国への亡命を選んだ虞洪夫人は西岸へ向かった。付き従う家臣の一人は商隊に変装することを提案したが、虞洪夫人は即座に却下した。

 「何故、私がそのような逃亡する犯罪者みたいなまねをせねばならないのです」

 虞洪夫人には逃亡しているという自覚がまるでなかった。虞洪夫人に現実に対する危機感が幾分かでもあれば、命を失うこともなかったであろう。

 西岸にある港町まであと一日となった夜、虞洪夫人の一行は賊に襲われた。一行の中には武器を持った兵士も少なくなかったが、いずれも宮殿の奥深くで警護をしていたものばかりで、実際に剣を振るうことがない者ばかりであった。それに比べて賊は他者を傷つけ金品を奪うことを生業にしているため容赦がなく、警護の兵士は瞬く間に殺されていった。

 馬車に詰まれた金品は盗まれ、追従してきた女官達は次々と犯され殺されていった。それは虞洪夫人も同様であった。虞洪夫人が乗った馬車が引き倒され、夫人は物のように引きずり出された。

 「な、何をする!下郎如きが私に触るな!」

 年を経ているとはいえ、虞洪夫人は国主に愛された美姫である。美貌や肉体は衰えることなく、寧ろ妖艶さを増していた。

 「や、やめなさい!金ならあります、私より若く美しい女官ならそこに!」

 虞洪夫人が悲鳴を上げる前に、賊達は襲いかかった。虞洪夫人の体は野卑な男達の欲情に嬲られ、そのおぞましい乱暴は一晩続いた。そして用が済むと虫けらのように殺された。

 虞洪夫人は馬求と共謀して龍国を誤らせた人物ではあったが、人の死としてはあまりにも無残であった。後にその惨状を知った青籍は、小ぶりながらも墓標を建てることでその霊を慰めることにした。


 一方で馬求は数ヶ月の旅を経て条国に辿り着くことができた。龍国の丞相馬求が亡命してきたと聞かされた条公はその措置に悩んだ。

 現在、条国は翼国と静国と敵対関係にある。そのため馬求を使って龍国のある半島を支配できれば、翼国への新しい道筋ができて条国は有利となる。

 しかし、ここ最近では翼国との間に目立った戦闘はなく、事実上の休戦状態にある。寧ろ静国との戦闘が激化していた。

 『妙なことをして翼の老人を刺激しないほうがいいか……』

 そう判断した条公は、馬求を不忠者として捕らえ、これを惨殺した。馬求の最期についても青籍は後になって知ることになるのだが、何も語ることはなかったという。

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