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七国春秋  作者: 弥生遼
孤龍の碑
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孤龍の碑~25~

 恐慌は野火のようにして広がっていく。敵の罠に薄々ながら気がつき始めていた趙奏允と鉄拐は、様々な調査を進めた上で、新合の規模に比して備蓄していた兵糧と敵の兵士数が少なかったという結論に達していた。

 「初めから新合にはそれほど兵士がいなかったということか?」

 主として調査に当たっていた鉄拐からの報告を受けた趙奏允は怯えの色を見せた。

 「はい。我らは完全に罠にはめられたわけです」

 すべてが擬態であったとすれば、敵の罠はあまりにも遠大であったといわざるを得ない。それが分からぬ趙奏允達ではなかった。

 「そうなれば敵の主力は牙玉にいることになる。まずいぞ、太子が危ない」

 青籍に組する趙奏允からすれば、太子龍信はうちなる敵である。それでも龍国軍の武人としては憎くても龍信を救わねばならなかった。

 「太子だけではありません。我らも危ない状況にあります」

 鉄拐の予感は的中した。趙奏允達が対策を協議している最中、新合の街中で突如極国軍の兵士が現れて蜂起したのである。しかも住民達も蜂起した極国軍側に加わり、兵舎に籠もる龍国軍は防戦するしかなかった。さらに凶報がもたらされた。新合の外にも極国軍が現れ、包囲せんとしているというのである。その軍には『譜』の文字が入った戦旗が翻っていた。

 「敵将は譜天か……」

 「敵は三方向から新合を包囲しているようです」

 「鉄将軍。新合は放棄しよう。相手が譜天ならばここで戦って勝てるはずがない」

 趙奏允は決断が早かった。鉄拐としても異存はなく、すぐさま兵士を集めた。

 「敵は三方から新合を囲んでいる。南側が空いているが伏兵の罠があろう。西側から一気に敵の包囲を討ち破るぞ」

 包囲されていない所に伏兵がある。趙奏允は歴戦の武人らしく沈着に判断した。

 新合にいた龍国兵は三百に満たない。趙奏允はそれを一塊にして西側から突出して包囲網を突き破った。その方面の極国軍は完全に油断しており、ほぼ交戦することなく趙奏允達の脱出を許してしまった。これについて譜天は、

 「追う必要はない。本命は南から来る」

 譜天は、この戦いで龍国軍の半分は屠り、総大将である太子龍信を亡き者にするか捕らえるつもりでいた。だが、流石の譜天も龍信が逐電したなど想像もしていなかった。


 新合を脱出した趙奏允は敵が追ってこないのを確認すると、簡易な陣を築いて敗走してくる味方を収容しようとした。敗走する龍国軍の将兵は、趙奏允が健在であると知ると安堵して駆けつけてきた。趙奏允は主だった者達から敗走に至るまでの様々な情報を聞き出した。

 「太子がいない……だと?」

 趙奏允が一番驚かされたのはそのことであった。共に聞いていた鉄拐も呆れたとばかりに口をぽかんと開けていた。

 「はい。夜になって逐電されたようで、それで我が軍が混乱しているうちに夜襲を受けました」

 そう証言したのは参謀の一人であった。敗走兵の大半をまとめてここまで導いたのは彼は、鎧すら着ておらず、泥だらけの衣服には矢を射掛けられた時にできたであろう穴が無数に開いていた。

 「総大将が逐電するのもそうだが、その噂が全軍に漏れるというのも問題だ。嘆かわしい話だ」

 「それで夏進はどうした?」

 鉄拐が気にしたのは元部下の安否であった。参謀は目を伏せながら、戦死されましたと呟いた。鉄拐は、そうかと言ったきり黙り込んでしまった。

 「ともかくもここで敗走してくる兵士を待とう。可能な限り連れて帰らなければな」

 趙奏允は二三日は滞陣して敗走してくる兵士を収容しようと考えていた。同時に斥候を方々に出して龍信の居場所を捜そうとした。しかし、その時間はわずか一日足らずで終わってしまった。敵の追撃部隊が迫ってきたのである。

 「どのくらいの兵士を収容できたか?」

 「四千ほどです……趙将軍」

 鉄拐の報告に趙奏允は顔を渋くした。

 「三万の兵が四千……」

 残りは戦死したか、捕虜となったか。はたまた趙奏允達の所に到達できずに逃走したか。詳細は分からぬが、趙奏允としては切り上げなければならなかった。

 「無念ですが急ぎましょう。おそらくは呼応して譜天も動くでしょうし、先に落とした五つの邑も新合と同じようになっているでしょう」

 「やれやれ。壮大な包囲網に閉じ込められようとしているわけか」

 果たしてどれだけの兵士を生きて帰すことができるだろう。趙奏允は、もはや天の祈るしかなかった。

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