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七国春秋  作者: 弥生遼
孤龍の碑
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孤龍の碑~23~

 新合に異変が生じたのは包囲を開始して二ヶ月経とうとしている時であった。それまで城壁に立っていた兵士の数が少なくなり、やがて老兵や女性が立つようになってきた。

 「見ろ!敵が疲弊しているぞ!もう城内にまともに戦える兵士はいないのでないか!」

 それを目撃した龍信は子供のようにはしゃいだ。そして間を置かずして、新合の呂徳から降伏の申出があった。

 「降伏だと?」

 報告を受けた龍信は目を吊り上げた。龍信の性格からして降伏を拒否するのではないかと思われたので、ここぞとばかりに夏進が進言した。

 「太子、降伏を受けるべきです。今でこそ敵国の兵士達ですが、元は龍国の臣民であり極を滅した後は臣民に戻る者達です。太子はいずれ国主となり、龍国を治めるのですから、国家の上に立つものとして仁を示すべきです」

 元近侍だけに夏進は龍信の機微を掴むのに長けていた。太子であることといずれ国主となることを明言すれば気をよくするのであった。

 「ふむ……。それもそうだな。時として肝要な態度も必要であろう。よかろう。降伏を受け入れると申せ」

 龍信は顔にこそ出していないが、敵が降伏を申し出てくれて安堵していた。補給が苦しくなってきているのは龍信自身も実感していた。このままでは新合を落とせぬまま全軍が餓死するのではないかと想像するほどであった。こうして新合はようやく包囲を解かれ、呂徳が降将として龍信の前に現れた。

 「この度は降伏を受けていただき、ありがたき幸せでございます」

 呂徳は諸肌を脱いで跪いた。諸肌を脱ぐのは完全に降伏したという証である。龍信は呂徳のその態度に大いに満足した。

 「敵味方とはいえお互い武人同士。よく戦いよく守ったということだ。降伏は恥じであるまい」

 龍信はここぞとばかりに寛容さを見せた。呂徳は畏れ入ったように平伏した。

 「流石はいずれ龍国の国主たるお方。その深き慈愛はいずれ極をも覆い尽くすでしょう。いかがでありましょう、信太子。ここから南に行った牙玉には私の部下が百名ほど籠もっております。私が太子の軍におれば、開城するでしょう。ぜひ太子の露払いをお任せください」

 「おお、それはよい。任せるとしよう」

 気分がよくなった龍信は即座に快諾した。夏進としても今後の戦いのことを思えば渡りに船だったので依存はなかった。


 新合が陥落したことにより、後方を任されていた趙奏允と鉄拐は新合に入城した。新合の民衆は快く龍国軍を迎え入れたので、本来は人心地つけるはずであった。

 「妙だと思いませんか?趙将軍」

 龍信が本隊を率いて出発してから半日、異変に気がついたのは鉄拐であった。

 「どういうことだ?」

 「新合は長い篭城で兵糧が少なくなり、飢え始めたから開城したはずなのですが、その割には餓死者の姿は見えませんし、そこまで困窮していた様子もありません」

 新合の民衆は粗衣をまとい疲れ切った様子ではあったが、邑全体が干乾しになるほどの様子はなかった。

 「確かにな……」

 鉄拐は猛将ながら細部に気がつくところがあった。趙奏允はその観察眼を信頼していた。

 「新合の兵糧の記録を調べさせよう」

 「はい。もしこれが敵の偽計なら無駄でしょうが、警戒するに越したことないでしょう」

 「うむ。狙われるとすれば我らではない。太子の本隊だ」

 

 趙奏允と鉄拐はおぼろげながら敵の計略に気づき始めていたが、すでに手遅れとなっていた。呂徳に案内される形で牙玉の門前に接近していた。

 牙玉は静まり返っていて、城壁には見張りの兵は立っていなかった。当然ながら矢を射掛けられることもなかった。すでに呂徳が降伏を勧告する書状を送っており、牙玉の兵はそれを受け入れたようであった。

 「とはいえ、罠を仕掛けておる可能性もあります。私が先行して確認してまいりましょう」

 呂徳が同行した部下を連れて前に出た。牙玉から攻撃してくる様子もなく、城壁の門扉が開いた。呂徳は警戒しつつ牙玉に入ると門扉が閉じられた。

 「これはどういうことだ?」

 流石に龍信も不審に思った。本当に牙玉が降伏するのなら門扉を閉じる必要などなく、そのまま龍信達を中に案内すればいいのである。

 「中の状況を確認しているのでしょうか……」

 夏進が不安そうに眺めていると、門扉がようやく開いた。ほっとした夏進であったが、門扉の向こう側の光景に絶句した。門扉の幅一杯に騎馬兵が所狭しと居並んでいた。

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