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七国春秋  作者: 弥生遼
孤龍の碑
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孤龍の碑~20~

 青籍の活躍で戦勝に沸く龍国に対して、極国は深い悲しみに沈んでいた。一代で極国を築いた英雄呉延が死去したのである。

 呉延はここ一年あまり病にかかって伏せっていた。赤犀の軍が開奉を占領した頃には重篤になっており、全軍を掌握している譜天も炎城から極沃に戻らなければならなかった。

 「戻られましたか」

 魏靖朗は炎城から戻った譜天を迎えた。いつもは表情の乏しい譜天であったが、心なしか青ざめているようであった。

 「それで主上のお加減は?」

 「よろしくない」

 そうか、と返した譜天は石宇徳と烏慶の間に座った。

 「何故だ!何故、主上のお命がここで奪われなければならん!俺が替わって差し上げたい!」

 感極まると涙を流すことも辞さない石宇徳は声を荒げた。

 「天命と言ってしまえばそれまでだが……あまりと言えばあまりだ」

 烏慶も頭を垂れた。普段は猛将として龍国軍に恐れられている二人も牙を抜かれたように萎れていた。その間に挟まれている譜天は何も言わず目を閉じてじっとしていた。魏靖朗としては、今度のことを考えれば、彼の意見を知りたかった。

 『主上のご逝去は免れぬ……』

 そうなれば誰が極国の国主を継ぐのか。極国には神器はない。従って神器の継承による相続はありえない。呉延には子息がいるが、血による相続も新興の極国では絶対ではなかった。すべては国家の功臣達の判断によるのだ。特に最大の功臣である魏靖朗と譜天の意見は大きかった。

 『まさか譜天が国主の座を狙っているとは思えんが……』

 譜天がそう主張すれば、やむを得ぬと魏靖朗は思っている。だが、その場合は、後顧の憂いをなくすためにも呉延の子息―呉忠には死んでもらわねばならない。魏靖朗があれこれと思案していると、呉延の従者が姿を見せた。

 「主上がお呼びでございます」

 それだけの言葉であったが、全員が来るべき時を悟った。魏靖朗を先頭にして呉延の寝室に向かうと、すでに枕頭には嫡男の呉忠がいた。精悍な顔つきの呉忠は、魏靖朗達を認めると黙して頷いた。

 「皆、よく来たな……」

 弱弱しい声であった。極沃で共に生まれ育ち、五十年以上付き合ってきた魏靖朗からすれば、ここまで衰弱した呉延を見たくはなかった。しかし、見届けねばならぬのが今の魏靖朗の立場であった。

 「非才の身ながら私は国家を建てることができた。これも皆のおかげだ。感謝している」

 石宇徳と烏慶が声を上げて泣いた。呉延はちょっと困ったように眉をしかめて続けた。

 「私の命もわずかであろう。戦時であるから喪に服す必要はない」

 呉延はそこで一呼吸入れた。ぜえぇとかすれた呼吸音が響いた。

 「私の跡を継ぐのは誰でもいい。我が子、忠が国主に相応しければ全員で盛り立ててくれ。もし、皆が相応しくないと思った時は皆の中から相応しいと思う者が国主となればいい。なによりも民のことを第一に思って欲しい」

 呉延が口を閉じた。誰かが返答せねばならない。こういう役割はいつも魏靖朗であった。

 「主上、心得ております。後のことは我らにお任せください。今はゆっくりと病をお直しください」

 魏靖朗が言うと、呉延は少しばかり微笑んだ。それが呉延が見せた最後の表情であった。間もなく、一代の英雄はこの世を去った。

 しばらくの間、室内は悲しみに包まれた。石宇徳と烏慶は声を上げ、地を叩いて嘆き悲しんだ。魏靖朗は、外聞もなく感情を素直に表に出せる二人のことが羨ましかった。気丈な呉忠はわずかに瞳に涙をためていた。譜天はどうだと横目で見てみると、目を閉じて一筋だが涙を流していた。

 『これは意外な……』

 と魏靖朗は思ったが、よくよく考えてみれば呉延と譜天の付き合いも三十年近くと長いのだ。魏靖朗は余計なことを考えぬようにした。

 「主上がご逝去されました。後継のことですが、私はやはり呉忠様に継いでいただくべきかと思いますが、どうであろうか?」

 魏靖朗はそこまで言って集まった者達を見渡した。彼らの視線は譜天に集中した。

 「私には依存はない。それが一番よろしかろう」

 譜天は即答した。その他の者も無言で頷いて賛意を示した。魏靖朗は胸をなでおろした。

 「ご異存はないようですな。呉忠様、お聞きのとおりです。これより呉忠様こそ極国の国主となっていただきたく思います」

 今度は呉忠に視線が集まった。呉延が温和な風貌を持っているとすれば、呉忠は凛々しく精悍であった。魏靖朗が見る限り、呉忠は国主として申し分ない才を持っている。すでに数度戦場に立っており、戦いぶりは申し分ない。それに人民を慈しむ心情も持っている。

 『あるいは呉延以上の大器かもしれない』

 魏靖朗はそのような期待を寄せていた。

 「分かった。若輩者であるから、皆の助けが必要だ。よろしく頼む」

 呉忠は居住まいを正し、魏靖朗達に頭を下げた。

 「早速命を下す。父……先代は服喪は必要ないと言ったが、二日間は喪に服することにする」

 よい命令だと魏靖朗は思った。この命令で呉延を慕っていた民衆は、呉忠にも親しみを感じであろう。魏靖朗は満足そうに頷き、ようやく涙を流すことができた。

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