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七国春秋  作者: 弥生遼
孤龍の碑
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孤龍の碑~19~

 青籍と袁干は龍頭へとのぼった。龍頭の門前では国主龍玄から使者が迎えに来て、青籍は龍玄が遣わした馬車に乗せられた。そのまま龍頭の門を潜ると、大路には民衆がひしめき合い、青籍の勝利を称えた。その騒ぎぶりは青籍が帰還した時と変わらず、青籍はひとまず安堵した。

 『民衆がこうして私のことを迎えてくれている以上、馬求達も容易には手を出せまい』

 彼らとしても龍頭の民衆を敵に回してまで青籍のことを排斥しないだろう。

 『皮肉なものだ。戦争なんてやらない方がいいのに、私は戦争をすることで生かされている』

 極国との戦争がどのような形で終わるか知れないが、仮に終わった暁には青籍はどうなるのだろうか。今は想像したくもなかった。

 龍頭の宮殿でも青籍は賞賛の声に包まれた。そのことが逆に不気味になりつつあった。それは袁干も同様らしく、緊張感を解いていなかった。

 謁見の間に入ると、国主の席にすでに龍玄が着座していた。青籍は近くまで寄って拝礼した。

 「青籍、この度の勝利見事である。その功績により、炎城をそなたに与えよう」

 形式的には封土を与えられたことになる。龍国において公族以外で封土をもっているのは丞相の馬求しかいない。破格の待遇と言えた。しかし、青籍には胸騒ぎしかなかった。

 「引き続き青籍は炎城を守り、極に睨みを利かせるように。今後は左大将龍信を総帥として極沃へ進撃する」

 さっと血の気が引きとはこのことだろう。青籍は自分が青ざめていくのが分かった。

 『極沃を攻める……だと』

 炎城を奪還し、極国の国主である呉延が死んだとなれば、積極的な攻勢論が出てくるのは不思議ではなかった。しかし、青籍からすればあまりにも危険な博打であった。

 『極国にしても、こちらが攻勢にでると考えているはずだ。譜天あたりがそれを逆手に取るかもしれない……』

 浮かれている状況の軍ほど怖いものはない。そこに天才的戦略家が見過ごすはずがなかった。

 「畏れながら申し上げます。今、我らは炎城を奪還しました。極の呉延が死んだという話もあり、攻め込むには好機と言えるかもしれません。しかし、それは誰しもが考えることであり、当然ながら敵も最善の策を取るでしょう。そうなれば我が軍も無事ではすみません。ぜひご自重のほどを」

 あれほど作戦に口を出すな、と釘を刺しておいたのにこれである。やはりこの貴人には理屈など通用しないのだろう。

 「慎め!青籍!大局的な戦略を決める統帥の権限は国主である龍公にある。一介の将軍が口を差し挟むな!」

 ここぞとばかりに馬求が吠えた。

 『そうきたか……』

 青籍は内心舌打ちをした。戦場での軍隊の進退は幕府の杖を持つ青籍の裁量であるが、全軍の人事を含めた根本的な戦略は国主の統帥権の範囲内である。青籍としても統帥権に触れると言われれば反論できなかった。しかし、このままでは多くの兵士が無駄に命を散らしてしまうかもしれない。青籍が身を乗り出してさらに意見しようとした。

 「将軍……癇癪はなりません」

 袁干が青籍の袖を引きながら囁いた。それで幾分か冷静になれた青籍は、奥歯をぐっとかみ締めながら黙って恭順の意を示した。


 謁見が終わり、宿へと引き下がった青籍は、憤懣やるかたないと言わんばかりに椅子を蹴り上げた。

 「ここに来ての攻勢は危険だ。袁干も分かるだろう」

 「分かっております。しかし、ここで将軍が癇癪を起こせば、それこそ丞相達の思う壺です。将軍を追いやる口実ができるわけですから。そうなれば我が軍は弱体化し、より多くの命が失われてしまいます」

 「私はそれほどの男か?」

 「それほどの男です。現実に炎城を短期間で奪還できました」

 そうなのだろう、とうぬぼれではなく青籍はそう思った。青籍が軍からされば、また趙奏允や鉄拐も軍から消え、炎城は再び敵の手に渡る。目に見えた未来図である。

 そこへ宿の者が来客を告げた。部屋に入ってきたのは、頭巾を被って変装をした龍悠であった。

 「姫様……」

 「聞きました。また随分と無茶な話になったようですね」

 頭巾を脱いだ龍悠は袁干が持ってきた椅子に腰をかけた。

 「ええ。思わず言い返してしまいましたが、袁干にたしなめられました」

 「馬求は馬鹿ではありません。今、将軍を手放すことが我が国においてどれほど危険なことか理解しているのです。ですから追放するのではなく、青籍にこれ以上手柄を立てさせないようにしているのです」

 そういうことか、と今更になって青籍は馬求の思惑に合点した。

 「私は祖国のために戦ってきた。だが、戦って勝つほどに嫉まれるなんて、何のために戦っているか分からなくなる」

 虚しいとはこのことだろうか。戦って得られるのは名声と褒賞、そして嫉妬。今となっては、名声と褒賞以上に嫉妬を買っているような気がした。

 「そう仰らないでください。あなたのことを信じている者もいるのですから」

 「左様です。私は冥府まで将軍にお付き合い致します」

 龍悠と袁干が口々に言った。数少ないながらも熱く信頼できる者がいるのは非常にありがたかった。

 「袁干、炎城へ戻ろう。結果がどうなるか分からんが、炎城の防備を固めておく必要がある」

 龍信を総大将となる軍勢が出陣するには一ヶ月はかかるだろう。それまでに炎城の備えを万全にして最悪の事態となった場合でも対応できるようにしておきたかった。

 『必ずしも太子の軍が負けるとは限らないからな……』

 勝つならば問題あるまい。極国討伐の功績は龍信のものになり、青籍は軍籍を離れるだけである。それはそれで青籍の望む未来かもしれなかった。

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