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七国春秋  作者: 弥生遼
孤龍の碑
153/958

孤龍の碑~18~

 炎城奪還の報せに龍頭は沸き立った。これを喜ばぬ者は龍頭にはおらず、誰しもが青籍のことを誉めそやした。そこへさらに吉報が龍頭にもたらされた。極国国主である呉延が亡くなったのである。龍頭にいる将軍、閣僚達の間では青籍を大将にして一気に極沃を攻めるべきではないかという主戦論が台頭してきた。

 それに危機感を顕にしたのが龍信であり、その母である虞洪夫人であった。虞洪夫人は国主龍玄の正妃である。ちなみに龍悠の母は虞洪夫人の妹であり、病死してすでにこの世にない。要するに龍信と龍悠は異母兄妹であった。

 「なんとかならぬものか?」

 虞洪夫人は馬求を呼び出し問い質した。馬求は内心にがりきっていた。馬求にとっては青籍は邪魔者であるに違いないが、権謀術数を臣下に任せきりの母子にも辟易していた。

 『たまには自分で考えたらどうだ』

 と言ってやりたいほどであった。

 「また誹謗して誣告なさいますか?」

 「そのような手を幾度も使えるはずがなかろう」

 その程度の知恵は回るらしい。馬求は密かに失笑した。

 「いや、青籍を排除するだけでは駄目だ。龍信に……太子に手柄を立てささないと、青籍との差が広がるばかりになる」

 広がるばかりか、すでに埋められない溝があるだけであった。馬求は心のうちで毒づきながらも、おかげで妙案がひらめいた。

 「今、青籍を軍から追い出すのは得策ではありません。幸いにして極では呉延が亡くなり意気消沈としていることでしょう。そこで龍信様を総大将として一気に極を攻めるのです。そうすれば青籍のことなど気にせずに龍信様の名声も高まることでしょう」

 「ふむ……。なにやら青籍の力を借りているようで気に入らんが、青籍が黙っておろうか?青籍は作戦に口出し無用と主上からの言質を取っておる。そのことで抵抗されるやもしれん」

 「確かに主上はそう申しましたが、あくまでも戦場での作戦のことです。全軍の統帥権は主上にあります」

 この手の政治上の詭弁を弄するのは馬求の特技であった。

 「頼もしや。流石は丞相。早速、主上の言上致そう」

 馬求から知恵を授かれば、それを実行するのが虞洪夫人の仕事であった。

 夜になり、龍玄が虞洪夫人の部屋を訪れると、虞洪夫人は早速閨で囁いた。

 「青籍の功績で我が軍は大半の領土を取り戻しました。おまけに呉延が死んだと言います。閣僚の中には一大攻勢に出ようという動きがあるようですね」

 「うむ……」

 龍玄は無機質に頷いた。虞洪夫人からすれば、これほど分かり難い男はいなかった。

 虞洪夫人は自分で言うのもおかしな話であるが恐妻であった。龍玄が他の女性に近づくのをよしとせず、龍悠の母である妹を妾として認めたのが最大級の譲歩であった。

 そのことについて龍玄は不満らしいことを漏らしたことがなかった。一国の君主である以上、多少なりとも美姫を侍らしてみたいと考えるものだと虞洪夫人は思っていたのだが、龍玄はそれについては驚くほど淡白であった。と言うよりも政治的にも私生活においても自己を主張しない男で扱いやすい反面、何を考えているのか分からず恐ろしくもあった。

 「しかし、功績が青籍一手に帰すれば嫉妬する将兵もおりましょう。そこで極へ攻勢をかける軍の大将には龍信をすえるべきかと」

 「うむ……閣僚と協議しよう」

 龍玄がこう言えば、ほぼ事がなったようなものであった。虞洪夫人は密かにほくそ笑んだ。


 炎上を拠点とした青籍の所に龍頭からの使者がやってきた。すぐさま龍頭にのぼるようにということであった。

 「面目上は炎城奪還の褒章ということですが、なにやらきな臭いですな」

 袁干は使者がもたらした書状を読んで率直な感想を漏らした。

 「だが、行かぬわけにはいくまい」

 行かなければ、それを罪に罰せられるだろう。青籍としては行く以外の選択肢はなかった。

 「もし将軍が害されることがあれば、我らは炎城に籠もって抗戦せねばなりますまい」

 趙奏允が過激なことを口にした。この発言が外に漏れて龍頭に伝われば、青籍だけではなく全員が処罰されるだろう。察した袁干がしっと口の前に人差し指を立てた。

 「過激なことはしないでくださいよ。私がいない間は趙将軍を守将として鉄将軍は副将として支えてください」

 「心得ました」

 鉄拐は静かに頷いて言った。

 「袁干は一緒に来てくれ。それと范尚も連れて行く。いざと言う時には彼を伝令として走らせますので」

 「うむ。儂が言うのもおかしいが、癇癪を起こさず何事も穏便にな」

 趙奏允に言われて青籍と袁干は顔を見合わせて苦笑した。

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