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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
15/941

黄昏の泉~15~

 それからも景黄鈴は度々尋ねてきて、樹弘と手合わせをした。景蒼葉と一緒に来ることもあれば、一人の時もあった。樹弘としても景黄鈴との手合わせはよい修練になり、仕事以外で体を動かすことに気持ちよさを感じていた。

 それからしばらく経ったある日。樹弘が甲元亀の家の庭で薪を割っていると、景蒼葉と景黄鈴がやってくるのが見えた。いつもと違って、二人の前に長身の人物が歩いていた。

 樹弘よりも背が高いであろう。肩ぐらいまで伸びた赤みのある髪を揺らし、非常に整った美しい顔立ちをしていた。胸の膨らみがなければ、どこかの貴公子かと思ったであろう。

 『あれが朱麗様か……』

 樹弘は直感した。いつもなら庭で働いている樹弘に声をかけてくる景蒼葉と景黄鈴であるが、今日はこちらを見ようともしなかった。明らかに景朱麗を意識してのことであった。三姉妹は結局、樹弘を無視するようにして甲元亀の家へと入っていった。きっと自分とはかかわりのないことでやってきたのだと理解した樹弘は薪割を続けていると、背後から声をかけられた。

 「君が樹弘君か?」

 澄んだ美しい声であった。振り向くとそこには先ほどの赤毛の女性、景朱麗が立っていた。近くで見ると、その美しさは三姉妹の中では際立っていると思った。

 「は、はい」

 樹弘は鉈を地に置き、叩頭した。

 「黄鈴に勝ったらしいな。私とも手合わせをしてくれ」

 そう言って景朱麗は木刀を差し出した。

 「え……」

 「黄鈴はあれでも相当の腕だ。麦楊では私を除けば黄鈴に敵う者はいない。それに勝ったとなれば、楽しみな相手だ」

 景朱麗は木刀を構えた。その構えには隙はなく、全身から気迫が漲っていた。

 「いや、でも……」

 景黄鈴には年が近いということで親しみがあった。しかし、景朱麗は年長であり、事実上の景家の当主である。それに対して木刀を構えるというのはやはり躊躇われた。

 「構えなさい、樹君」

 家から出てきた甲元亀が促した。その背後には景蒼葉と景黄鈴がいて、景蒼葉は申し訳なさそうにちょっとだけ頭を下げ、景黄鈴は顔の前で手を合わせ懇願するふうであった。

 「構えぬのなら、一方的に打ち込むぞ」

 景朱麗は本気であった。樹弘は仕方なく木刀を構えた。こうして相対すると、やはり景朱麗に隙を感じられなかった。


 『ほう。なかなかのものだ』

 一方の景朱麗も、木刀を構えた樹弘を見て密かに感嘆していた。打ち込める隙がなく、木刀での手合わせながら気合が感じられた。

 『なるほど。これでは黄鈴は敵うまい』

 それにしてもこの少年は何者であろうと景朱麗は思った。無学な庶民ながら、それになり剣術は体得してきているらしい。それに……

 『この気迫は単なる剣術の修練者のものではない』

 殺気や相手を倒そうとする執念のようなものではない。もっと大きな包み込むような、それでいて威圧するような、強いて言うなら威厳のようなものを感じられた。

 「……!」

 景朱麗があれこれと思案しているうちに、樹弘が動いた。出遅れた景朱麗は、樹弘の一撃を木刀で受けた。

 『重い!』

 樹弘の一撃がびりっと景朱麗の体を駆け抜けた。景朱麗は驚いた。本気を出せねば間違いなく負けてしまうだろう。


 『受けられた!』

 樹弘も驚いていた。自信のある一撃を景朱麗は簡単に受けた。樹弘は景朱麗に一瞬の隙があるように見えたので仕掛けたのだが、あれはわざと見せた隙だったようである。

 樹弘は身を引いたが、今度はそれが樹弘の隙となった。景朱麗は低い体勢から木刀を突き出してきた。樹弘はそれを払ったが、景朱麗はすぐに木刀を横になぎ払ってきた。

 「くっ!」

 受け止められないし、避けられないと思った。樹弘は負けを覚悟して力を抜いた。景朱麗が寸止めにして終わる。そう思っていたが、景朱麗は容赦なく樹弘の肩を打ってきた。

 「ぐっ!」

 肩に激痛が走り、樹弘は木刀を落とした。息遣いの荒い景朱麗は、ようやく木刀を下げた。

 「ちょっと姉さん!こんな手合わせで本気で打ち込むことないじゃない!」

 景蒼葉が駆け寄ってきた。景朱麗に打たれた方の肩から衣服を脱がし、水を含ませた布を当ててくれた。ずきずきとした痛みが再び走った。

 「手合いとはいえ、力を抜いたらこうなるんだ」

 景朱麗はそう言い残し、まるで自らが敗者であるかのように急ぐようにしてその場を去っていった。

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