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七国春秋  作者: 弥生遼
孤龍の碑
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孤龍の碑~6~

 龍悠が去って一週間過ぎた。流石に諦めたのかと安堵した青籍に珍客が尋ねてきた。元副官の袁干であった。

 「袁干……」

 「久しぶりです、将軍」

 袁干とは青籍が国都龍頭から追放されて以来の再会である。袁干も青籍に連座して軍を追い出されていた。

 「姫様の次の説客はお前とはな」

 「そうではありません。私も懇願されても禁軍に戻るつもりなんてありはしませんよ。でも、将軍が復帰なさるのなら別です」

 その真偽を確かめにきました、と袁干は言った。

 「まぁ入れよ。久しぶりに飲もうじゃないか」

 青籍はひとまず袁干を自宅に上げた。

 「軍を離れてからはどうしていたんだ?」

 青籍は袁干の杯に酒を注ぎながら聞いた。龍頭を離れてから、かつての仲間がどのような生活をしているのかまるで知らなかった。

 「親のすねをかじっておりました。追い出された身ですから、そのぐらいは甘えてもよろしいかと」

 袁干の実家は富商であった。しかし、商人にするにはあまりにも慎重すぎると両親が判断し、跡目を継がせてもらえず兵学校に入れられたのだった。

 「今の袁干なら継がせてもらえるだろう」

 「跡目は妹の旦那に決まっております。それに私も将軍のおかげで有名になりましたからね。親父も今更商人にはできんと言っておりました」

 袁干には独創性こそないものの、事務処理能力に優れており、青籍が立てた作戦を実施させるのには最適な副官であった。そう考えると商人には向いてなさそうであった。

 「しかし、いつまでもご両親の世話になるわけにはいかないだろう」

 「左様です。だから将軍が復帰されるという噂を聞いて参ったのです」

 「そんな噂が広がっているのか……」

 噂だけが先走っているのは心外であった。

 「ご存知ありませんか?ここのところ禁軍は大敗が続き、開奉が失陥寸前です」

 初耳であった。開奉は龍頭に最も近い大規模な邑である。ここが落ちれば、後は鱗背関という砦しか国都を守る場所はなかった。

 「上層部はいざ知らず、下級兵士や国都の民衆は将軍の復帰を願っております。将軍しかこの危機を脱する者はいない。皆、そう思っているのです」

 「趙将軍もおられるだろう」

 青籍が言う趙将軍とは趙奏允のことである。青籍が龍国軍の中で慕っている数少ない武人である。老将ながら勇猛で、青籍と連携して度々極国軍に勝利していた。

 「趙将軍も禁軍では主流派ではありませんからね。開奉を守衛しておりましたが、丞相と何事かあって解任されて予備役に回されました。その直後に開奉が失陥寸前にまでなったのですから救いようがありません」

 「その丞相だ。あいつは私の復帰をどう思っているのだ?」

 青籍は今でも思い出す。龍公の面前で青籍を糾弾する丞相馬求のしたり顔。青籍はあの時ほど一個人に対して憎悪を感じたことはなかった。何故自分が馬求に貶められたのか青籍には分からないが、奴が復帰を歓迎しているとは到底思えなかった。

 「丞相とて龍国があっての地位です。背に腹は変えられないのでしょう」

 「ならば丞相が戦えばいいのだ」

 「そうなれば龍国は瞬く間に滅亡します」

 袁干のいうとおりであろう。このままでは龍国は滅亡してしまう。青籍としても祖国が滅びるのを見るには忍びない。しかし、青籍にも男児としての矜持がある。無実の罪で貶められ、どうしておめおめと帰ることができるだろうか。

 「兎も角も私は龍頭に戻るつもりはない。袁干も早々に別の仕事を探すのだな」

 「そうですか……。残念ではあります」

 袁干は残念そうに顔を伏せた。


 袁干が帰った後、青籍はひとりで酒を飲み続けた。酒の肴はない。あるのは龍国の白地図であった。他者が見ればただの白地図だろうが、青籍にはその上に敵味方の兵が見えていた。

 『国力と戦力差では龍国の方が上。それでもここまで押し込められるというのは将帥の差だろう』

 極国には優秀な将帥が多い。譜天をはじめとして、単独で有機的に兵を進退できる将が多い。それに引き換え、龍国では青籍を除けば趙奏允しかいないだろう。

 『開奉が失陥するのは時間の問題だ。そうなればまずは開奉を取り戻すのが先決だろう』

 青籍は考える。まず鱗背関に篭り、敵の疲弊を待って一気に押し返す。そして有機的に動く二つの軍を持って一方で北上してくるだろう極国軍をけん制し、もう一方で開奉を取り戻す。

 『それから先は、やはり二軍をもって以前の国境線まで押し戻す。そこまでを第一段階とすれば、どこかで会戦を行って敵を退ける必要が……』

 そこまで考えて青籍はやめた。自分がこのようなことを思案しても仕方ないのだ。

 「私に未練があるというのか……」

 自分でも分からなかった。未練を断ち切ろうと白地図を引き裂こうとしたが、わずかに破っただけで青籍は手を止めてしまった。

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