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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
134/959

蜉蝣の国~54~

 伊賛を処罰した翌日、樹弘は伯国を泉国に併呑することを宣言した。但し、当面は旧伯国をひとつの自治領とし、その行政上の長を敏達、軍事上の長を李志望とした。これは旧伯国国民の心情を斟酌したのと、伯淳が推し進めていた改革を一定の形にしてやりたかったからであった。それが樹弘ができる最低限の手向けであった。

 樹弘は五日間、衛環に滞在することになった。その間、敏達や李志望と今後について協議する一方、伯淳の葬儀を行った。

 「かつての国主としての礼を外さないように」

 樹弘は敏達にそのように命じ、樹弘も泉公として参列した。伯淳の遺骨は衛環郊外の街を見下ろせる丘に埋葬された。

 「ぜひ泉公に墓碑銘を刻んでいただきたいのです」

 敏逹が切り出してきた。樹弘は少し悩んでから承諾した。数日後、建てられた墓標には泉公の名でこう刻まれた。


 『我が親友、伯淳ここに眠る』


 あと、雲札と牛紀の行方も捜した。残念ながら両名の名前は伯国の戦没者名簿には掲載されておらず、生き残った伯国軍兵士の中にもその名はなかった。樹弘はあえてそれ以上の手段で捜すことはなかった。雲華には悪いが、進んで戦乱に飛び込んだ雲札のことを気にかけるほど今の樹弘は暇ではない。紅蘭にもそのように伝えた。紅蘭も頷いて承知するだけであった。


 樹弘は衛環を出発する前夜、紅蘭と柳祝を夕食に招待した。三人揃うのは久しぶりであった。

 「二人には本当に世話になった。本当はもっと美味い料理をご馳走したいんだけど、まだ伯淳の喪もあけていないからね。これで勘弁して欲しい」

 卓上に並べられた料理はいつも口にしているものより多少贅沢という程度であった。それでも紅蘭も柳祝も美味しそうに食べてくれた。食事も半ばを過ぎた頃、樹弘は本題を切り出した。

 「二人とも、今後どうするつもりだ?柳祝さんには言ったんだけど、よかったら泉春へ来ないか?紅蘭は丞相に引き合わせるし、柳祝さんにもお願いした仕事があるんだ」

 どうだろうか、と樹弘は問うた。まず答えたのは紅蘭であった。

 「ありがたい話だけど、私は商人になってみようと思う」

 意外な返答であった。断られるにしてももっと別な理由かと思っていたのだが。

 「紅蘭は商人を嫌っていたと思っていたけど……」

 「商人自体を嫌っていたわけじゃないけどね。商人をしていた両親を嫌っていただけだ。でも、明鮮と再会して両親のことを聞き、そして明鮮の働く姿を見ていると、商人も悪くないと思ってきてね」

 紅蘭は明鮮が商売の暖簾を譲ってくれることを話した。

 「私は政治家を志していた。それは天下万民にとって豊かな国を作りたかったからだ。確かに国を作るには政治家になるべきなんだけど、単に世情を豊かにするには政治家である必要はないと思えたんだ。明鮮の仕事ぶりを見ていると商人としても経済を豊かにし、人心を豊かにすることができる。私はその跡を継いでみたいんだ。政治は樹弘に任せるよ。経済は私に任せておいて」

 「大きく出たね。期待しているよ」

 樹弘は寂しくはあったが、紅蘭の大言を信じ、見守りたくなった。視線を柳祝に移した。

 「柳祝さんはどうです?」

 正直なところ樹弘は柳祝への接し方を迷っていた。柳祝から自分の妾となっていたかもしれない事実を聞かされて、自分にとって柳祝という女性はどういう立ち位置の女性なのかと真剣に考えるようになっていた。

 柳祝は魅力的な女性である。樹弘も男児である以上、そういう目で彼女を見ることもあった。だからといって樹弘は柳祝を妾にするつもりはなかった。あくまでも理知的な柳祝には相応しい地位が泉春にあると思っている。しかし、傍にいれば意識はしてしまうだろう。それが樹弘にはどうにももどかしかった。

 「私は……」

 柳祝は言いよどんでいた。彼女にも葛藤があるのだろう。しばらく逡巡した後、言葉を続けた。

 「私はしばらく衛環にいます。主上が……伯淳が寂しがりますから」

 柳祝の返答に樹弘は失望しなかった。彼女もまた思うところがあるのだろう。樹弘はそれを尊重したかった。

 「そうか。寂しくなるが、それぞれの道だ。柳祝さん、ぜひ敏達と李志望を助けてやってください。そして困ったことがあったら泉春へ来てください。あ、紅蘭もね」

 私はついでか、と紅蘭は笑った。つられて柳祝も笑って、樹弘も笑った。三人が久しぶりに見せ合った笑顔であった。

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