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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
133/958

蜉蝣の国~53~

 衛環に到着すると、静公自身が門前で樹弘を出迎えてくれた。

 「静公。お手を煩わせました」

 樹弘は馬から下りて感謝の言葉を述べた。

 「久しぶりだな、泉公。なに、気にすることはない。俺も伯国からの難民には困っていて手を打たねばと思っていたところだ」

 「もっと上手くできないものかと思いましたが、こういう結果になったことは決して僕の本意ではありませんでした」

 「率直だな。人としてのいいことだが、国主としては考えねばならん。まぁ、後の処理は任せるよ。お前達なら間違ったことはしないだろう。俺の軍は明日にでも撤収する。衛環の治安についてはうちの将軍と打ち合わせてくれ」

 「分かりました。朱関、頼むぞ」

 樹弘が振り返って言うと、承知しましたと甲朱関は静公と目を合わせることなく隊列から離れた。樹弘と静公は苦笑した。

 「さて、不愉快な場所に案内しよう。付いて来たまえ」

 静公は馬に乗ったので樹弘も馬上の人となり、静公の先導で衛環の街中に入った。衛環の市民達は沿道に集まり泉公と静公が並んで進む姿に歓声をあげた。樹弘は少なからずそのことに違和感を覚えた。彼らからすると樹弘は征服者のようなものではないのだろうか。

 「お前さんは結果として伯を制圧したことに負い目を感じているのだな」

 静公は樹弘の表情ひとつで読み取り、その心情を的確に言い当てた。

 「気にすることはない。お偉いさんは別として、一般の市民達には国家の姿など関係のないことだ。満足のできる生活さえできればいい。すさんだ生活をしていた彼らは、新たな君主に期待しているのだよ」

 それは英明な君主として名高い静公だから言えるのではないかと思えるのだが、あえて口にはしなかった。

 「僕はその期待に応えられるでしょうか?」

 「応えるようにするんだよ。実際、お前さんは泉国でそれを行っている。それを伯でもやればいいんだ」

 「そうですね、頑張ります」

 「影ながら応援しているよ。だが、そのためにも不愉快なことをせねばならない」

 樹弘は頷いた。樹弘と静公は宮殿に入り、伊賛達を収監している地下牢へと向かった。そこには伊賛だけではなく、伊賛に組した者達がすべからく収監されているのだが、樹弘の目的は限られていた。樹弘はまず李炎に会った。

 「久しぶりだな、李炎」

 牢屋の壁にもたれかかり項垂れていた李炎は、樹弘が声をかけると顔を上げた。そして声の主が夏弘であると知ると、顔を強張らせた。

 「夏弘殿が……泉公であられたのか……」

 「伯淳の護衛を任されていたのに、どうして刃を向けることになった?」

 樹弘が知りたかったのはまさにその点であった。李志望の弟として伯淳の生命を守ることを使命としていた李炎がどうして牙を剥いたのか。知らねば伯淳も浮かばれぬと思えた。

 「伊賛の甘言に惑わされた。それだけだ」

 李炎は詳細を語ろうとはしなかった。樹弘は問い詰めることはしなかった。

 「お前の兄である李志望将軍からは処遇の全てを任されている。僕としては多少なりとも縁のある人を処刑するに忍びない」

 それは本心であった。しかし、それがために李炎を許すつもりはなかった。

 「大罪を犯したのは事実だ。お前も武人であるのならば、自らの行いを自ら裁け」

 樹弘は冷厳に言い渡した。無念そうに俯いた李炎は、翌日どこから手配したのか短刀で首を刺し、自害して果てた。

 次に向かったのは伊賛の牢であった。伊賛は先ほどの樹弘と李炎の会話を聞いていたのだろう、樹弘の顔を見ても驚いた素振りもなく、虚ろな視線で樹弘と静公を見上げていた。

 「今更何も語ることはないだろうが、言いたいことがあるのなら言ってみろ」

 「夏弘が泉公であると知っていたのならこういうことにはならなんだ。よかったな泉公!これで泉国の悲願である伯国を手に入れることができたのだからな!」

 明らかに負け惜しみであった。少しでも樹弘の心を惑わすようなことを言ってやりたかったのだろう。しかし、樹弘はそのようなことではもう動じなかった。

 「伊賛、貴様は何か勘違いしているな。僕は別に伯国を併合するつもりなどなかった。僕と伯淳で友好を結べば、そのようなことをする必要がなかったからな。だから、僕は……」

 樹弘は牢の鉄格子を蹴った。

 「僕の友人を殺した貴様を許さない!」

 ひいぃと伊賛が悲鳴をあげた。

 「泉公、やっぱりこいつは俺に処罰させてくれないか。そもそも伯を壟断したのは貴様だろう。ああ!だんだんと腹が立ってきた」

 静公は言うが、樹弘は首を振った。

 「自分の野心のために主君であり、幼少の伯淳を手にかけた罪はあまりにも重い。相応の罰を受けてもらう。覚悟することだな」

 樹弘は極力感情を抑えて言い渡した。伊賛は覚悟したように顔を背けた。伊賛は二日後、樹弘と静公が見守る中斬首され、その首は一週間衛環に晒された。一連の騒動で捕まった者のうち、死亡したのは伊賛と李炎のみであり、他は財産を没収され庶人に身分を落とされたうえ、衛環からの永久追放となった。こうして泉国と伯国をめぐる騒動は幕を閉じた。

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