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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
132/958

蜉蝣の国~52~

 泉国からの援軍が来ると、嶺門近辺は活気付いた。泉国の援軍は約一万五千。率いるのは相宗如。盧明率いる先発隊に加え、再編された李志望軍を加えると二万五千近い兵力となった。相宗如軍には軍師である甲朱関と政治諮問として景蒼葉の姿があった。樹弘からすれば懐かしい面々との再会であったが、悠長に懐かしさに浸っている状況ではなかった。

 「こちらは大軍故、優位は変わりありませんが、被害は最小限にしたいので速やかに攻めましょ。李将軍、伊賛に残された兵力はどれぐらいと推測されますか」

 甲朱関は丁重に李志望に尋ねた。

 「先の戦いで我らに投降せず逃げ帰ったのは五千名もおりますまい。それに各地から兵力をかき集めても一万は届かないでしょう」

 「ふむ。そうなると衛環で籠城せず出撃して来る可能性もあるということですね」

 甲朱関は伯国の地図を眺めながら独りごちた。

 「しかし懸念があります。伊賛が翼国や静国に援軍を申し出ることです」

 「それについては大丈夫だ。すでに翼国には我らから介入すべからずという申し入れをしているし、あの方はきっと伊賛のような男に手を貸さないだろう」

 李志望の懸念を樹弘は一蹴した。李志望には伏せていたが、すでに翼公からは『伯国の措置、一切を泉国に任せ、それを容認する』という内容の書状を受け取っていた。それは静国も同様で、静公はむしろ自分も兵馬を出すと言ってきていた。

 「静公のご好意には感謝するとして、伯の問題については我らで処理するとしましょう。あの男もそのぐらいの道理が分かるでしょう」

 甲朱関は静公にも客分として身辺にいたため彼の人となりを十分に承知していた。樹弘も同意見だったので改めて静公に書状を出すことにした。


 話はやや戻る。

 泉国軍が伯国に侵入してきたという報せに接した伊賛は狂喜した。

 『これで我が事は成った!』

 泉公が謀略に乗せられて伯淳と李志望を討ち、自分は旧伯国領土の都督となる。伊賛は自分の描いた謀略を自画自賛し酔いしれた。しかし、次にもたらされた報せは、李炎軍が泉国軍の攻撃を受け大敗したという信じられないものであった。

 「馬鹿な!何かの間違いじゃないのか!」

 間違いではないことはすぐに知れた。大敗した李炎軍が衛環に戻ってきたのである。自分も傷ついた李炎は憔悴しっきった顔で項垂れていた。勇猛な武人の惨めな姿を目の前にして伊賛は怒鳴り散らすこともできなかった。

 『こうなっては静公に頼むしない』

 李炎の敗北によって伊賛が掌握する戦力は一万にも満たない。これに対して泉国軍は李志望の軍を含むと二万五千近くあると見られる。まともに戦って勝っているはずがなかった。

 衛環は地理的には泉国よりも静国の方が近い。国境までは二舎の距離であった。伊賛はすぐ静国に援軍を求める使者を出した。実は静公は伯国との国境付近に軍を進出させていた。このことに伊賛の使者は狂喜した。伊賛を助けるために静公が軍をまとめてくれていたと思ったのである。

 「考え違いをしてもらっては困る。俺は伯国から逃げて来る卑劣者を捕らえるためにここにあるのだ。俺が自分の保身のために主君を殺そうとした奴を助けると思っていたのか!」

 使者は震え上がった。使者としても伊賛がしたことについて弁明ができないことは認めていたので反論ができなかった。

 「伊賛が哀訴するなら泉公に取り次いでやってもいい。泉公が衛環を包囲するまでに戻って伊賛に伝えるんだな」

 使者は大慌てで衛環に戻った。使者が衛環に帰り着き、静公の言葉を伝えると、伊賛は呆然として立ち尽くした。そして抵抗は無駄であると判断し、静公の提案に従うことにした。

 義王朝五四六年十月十五日、伊賛は降伏した。伊賛が後世と世間に対して姑息な印象を与えたのは直接泉公に降らず、静公に降ったことであった。衛環に静国軍を入れ、自分の身も静公の側において安全を確保しようとした。これに対して伊賛と組み込んだ他の閣僚、大臣からは憤嗟の声があがった。

 『丞相は身勝手すぎる!自分の野心のために国主を売り、今度は自身の安全のためには国家を売った!』

 そう怒鳴り散らす者達も静国軍によって拘束されて泉国軍の到着を待った。


 樹弘が伊賛降伏の報せを静公の使者から受け取ったのは、衛環に向けて進発しようとしたまさにその日であった。ひとまず戦争は回避されたので全軍で衛環へ行くとした甲朱関の進言を受け入れ、樹弘は出発した。

 衛環までの道中、樹弘達を阻む者はおらず、寧ろ進んで降伏し、その軍に加わろうとした。それらを樹弘は許し、李志望の配下とした。五日後には衛環に到着することができた。

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