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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
128/962

蜉蝣の国~48~

 李炎軍は嶺門に猛攻した。李炎としては主上である伯淳を手にかけようとした上に、兄をも屠らんとしている。必ず勝たねば汚名が残るだけであった。

 だが、勝たねばならぬと考えているのは李志望も同様であった。両者の激しい意思がぶつかり合い、開戦から激戦が繰り広げられた。

 「相手は篭城しているとはいえ、高々千名ではないか!絶え間なく攻めて押しつぶせ!」

 李炎は昼夜休みなく嶺門を攻めてたてたが、城壁の門扉を討ち破るどころか大きな傷をつけることもできずに時間だけが経過していった。十日を過ぎたぐらいから李炎はじれ始めてきた。

 『あまり時間をかけていては丞相への聞こえが悪い』

 援軍があるとは思えないから、戦術的には時間がかかっても問題はない。しかし、今後の李炎の立場を考えれば、伊賛から無能者の評価を受けるのはよろしくなかった。

 李炎はさらなる猛攻を指示した。兵士達は巨大な城壁と門扉に挑みかかるが、降り注ぐ矢の雨に阻まれ、負傷者と死体の壁を築くだけであった。たまに門前に辿り着けた者がいても壁の隙間から突き出る槍の餌食となっていった。

 『攻城兵器を持って来ればよかったか……』

 李炎が立てた予定では、城壁に張り付いている敵兵を弓兵で射落とし、巨大な破城槌を持ってして門扉を討ち破るつもりでいた。その程度のことで嶺門を落とせると考えていたので、攻城塔や雲梯を用意していなかったのである。そのことを今更になって悔いた。そして自分が現在の地位にあるのは武人としての才幹と功績のためではなく、李家の子息であり李志望の弟だからであると思い知らされた。

 『こうなれば迂回軍に期待するしかない』

 李炎はおよそ千五百の兵士を嶺門の北側に回りこませようと派遣している。これが成功すれば比較的守りの薄い北側から突破できる可能性があった。

 李炎は猛攻を続行させた。こうなれば物理的に嶺門を打ち破るよりも、中の将兵を疲弊させる方法を選んだ。

 籠城してから二十日を過ぎ、嶺門では死者、負傷者の数が日増しに増えていった。当然ながら動ける将兵も肉体的精神的疲弊が甚だしく、敵の攻勢が間断ないので将兵が休む暇はほとんどなかった。それでも投降したり、造反する将兵がいなかったのは李志望の人徳と、主上である伯淳がいるという大義名分があったからであった。

 『食料はまだ潤沢にある。だが、その前に将兵が疲労で倒れる』

 李志望の懸念はまだあった。伯淳の容態である。一時期は小康状態にあった伯淳であったが、ここにきて容態が悪化してきたのである。

 「昨晩から発熱と嘔吐を繰り返しております。骨折などの怪我は治っておりますが、随分と体力が落ちたことで悪い病気に罹ってしまったものかと」

 駆けつけた李志望に医師はそう説明した。寝台の伯淳の寝顔は穏やかであったので、李志望が前線で戦っている間にそのような状態にあったことが信じられなかった。

 「私はすぐにでも将軍に申し上げようとしたのですが、主上が戦っている将軍の邪魔になってはいけないと仰ったので……」

 そう語る柳祝はわずかに声を震わせていた。美貌の人である柳祝も日々の看病で疲れ切った表情を隠し切れずにいた。

 『そろそろ限界か……』

 李志望は身をもって感じざるを得なかった。単独で泉国に救援を求めにいった夏弘には悪いが、嶺門の将兵、住民が肉体的にも精神的にも崩壊する前に降伏しなければならないかもしれなかった。

 さらなる凶報が持たられた。嶺門北方へ通じる迂回路の砦から、敵の猛攻を受けて支え切れないという悲壮なものであった。当然、援軍を求めてきたが、とても援軍を送れる状況ではなかった。砦の将兵には全滅してでも敵の迂回軍を足止めしてもらうしかなかった。

 その晩、李志望は香蘭と柳祝を呼んだ。訝しげな彼女達に李志望は絞り出すようにして自分の覚悟を告げた。

 「お二方。残念だが、嶺門はそろそろ限界だ。我らは武人である以上、最後の最後まで戦う所存だが、お二方を含め住民にそこまで付き合ってもらうのは申し訳ない。そこで明日にでも住民と共に北門から脱出していただきたい」

 「将軍!まだ食料はありますし、じゅ……夏弘がきっと帰ってきます」

紅蘭の言葉は李志望には心強かった。しかし、冷徹な彼の理性はまた別のところにあった。


 「勿論、そのことは承知している。しかし、迂回路にあたる砦が敵の猛攻を受けて陥落寸前だ。こちらもこの状態では援軍を送れない。敵が北に回って包囲されるのも時間の問題だ。その前に脱出して欲しい」

 紅蘭は下唇を噛んで黙ってしまった。聡明な彼女は李志望の言わんとすることが理解できたのだろう。

 「主上はどうなさいますか?」

 と聞いたのは柳祝であった。それは李志望にとっても悩みの種であった。

 「共にここを脱して泉国に亡命して欲しいのだが、あの御容態では無理であろう。ならば伯国の主上として我らと国家に殉じていただくしか……」

 柳祝は何も言わず目を伏せた。彼女もまた聡明である。それ以外に選択肢しかないと分かっていたのだろう。

 「将軍、あと一日、いや二日待ちましょう。こんな結末、私は嫌です」

 「一日、二日か……」

 それが命取りになるのではないか。そう考えると、すぐには首肯できなかった。しかし、ここで李志望が決断を保留したことが、嶺門の危機を救うことになった。

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