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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
127/959

蜉蝣の国~47~

 樹弘が泉国への使者として嶺門を出た翌日、李炎に率いられた軍勢が嶺門の南門に全容を現した。李炎は伯淳や李志望の非を鳴らすことも、降伏を勧告することもなく、いきなり攻め始めた。

 「あやつに後ろめたいことがある証拠だ」

 李志望はすでに李炎を弟と見ていなかった。完全な敵であり、戦が終わるのはどちらかが死んだ時だと息巻いていた。

 嶺門は東西に険峻な山塊が存在しているので大軍が駐留することができない。そのため李炎軍は南方に陣を構えるしかなく、攻めるとなれば南方から正面きって攻めるか、山塊を迂回して北方に出るしかなかった。

 「迂回路には砦があり五百名の兵を篭めている。そう簡単に北方に回りこまれることはない」

 李志望としては正面の敵にさえ対処すればいいと考えていた。それで時間を稼ぎ、泉国からの援軍を待つというのが基本的な戦略であった。

 戦のことなど分からない紅蘭は、李志望の戦略に口を差し挟むつもりはなかった。だが、不安しかなかった。

 『私達には主上がいるにも関わらず、兵を集められなかった。むしろ伊賛の方が兵士の数が多い……』

 伯国内で味方を見つけるのはもはや不可能であろう。そうなれば泉国の援軍だけが頼りであった。

 『樹弘が何者か分からないけど、使者としての使命を全うできるとも限らない。そして主上の容態だ』

 伯淳の身に万が一のことがあれば、嶺門の士気は失墜してしまう。それは即ち敗北を意味していた。圧倒的多数の敵を前にして嶺門に篭る兵士や住民達の拠り所は、自分達が主上である伯淳を保護しているという一点にある。

 『早く使命を果たして帰ってきてくれよ、樹弘』

 紅蘭は天に祈るばかりであった。だが、ただ天に祈っているばかりではない。住民、将兵への食糧配給を手伝い、少しでも役に立とうとしていた。

 明鮮をはじめとした嶺門の商人達の尽力により、嶺門には五十日は篭城できる食料を蓄えることができた。仮に樹弘が使命を果たし、泉国軍が援軍としてやって来るには最短でも四十日はかかるであろうと明鮮は予測した。

 「食料は五十日分あり、存分にあるかと思いますが、約三十日分しかないと公表してください。そして、実際に配給する食糧は八分ほどに留めましょう。そうすれば六十日は凌げます」

 明鮮は李志望にそう提案した。いかにも商人らしい冷徹な計算であった。篭城で食料が尽きかけて、その量が急激に減るとと兵士や住民の士気は急激に下がる。最初から少し減らしておけば、不平不満もでないという考えであった。紅蘭は明鮮の発想に驚くだけであった。

 「明鮮は凄いな、一軍の将になれるな」

 紅蘭はそのような言葉で明鮮を賞した。

 「ははは。将軍とはえらく安い地位でございますな」

 「謙遜することはない。こうなっては武人などあてにならない。その点、商人は利があると見れば勇気を持って投機する。なかなかできることではない」

 「紅蘭様の商人に対する評価があがりましたな」

 良い機会でございます、と明鮮は居住まいを正した。

 「紅蘭様、私はこの戦いが終われば隠居しようと思っております。そこで私の仕事の継いで見られる気はありませんか?」

 思いもよらぬ提案に紅蘭は息を飲んだ。何と答えて良いか分からず黙っていると、明鮮が続けた。

 「もとより私の事業というものは紅蘭様のお父上より引き継いだものです。それをお返しするということです」

 「まだ隠居するような年でもないだろう」

 紅蘭が言うと、そういう年でございますよ、と明鮮が返した。

 「紅蘭様が商人になることを潔しとしないのであれば、そこで商売を畳むつもりでした。しかし、紅蘭様が商人に興味を持ちはじめたのでしたら、ぜひとも継いでくださいませ」

 「商人か……」

 紅蘭は決して官吏への夢を捨てたわけではない。だが泉国をはじめとして中原の各国を股にかけて商売するというのも悪くなかった。

 「考えておくよ。でも、この状況が終わらないとね」

 左様でございますな、と明鮮が笑ったので紅蘭も笑って応じた。

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