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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
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蜉蝣の国~46~

 樹弘は嶺門を出てひたすら北へと走った。李志望は騎馬の提供を申し出たが、樹弘はこれを断った。これから戦闘状態に入る嶺門にとっては、一騎とはいえ騎馬は貴重であった。

 『泉姫の剣の力を借りれば、桃厘まで三日で行ける』

 ひとまず桃厘に行けば、五百の兵を掻き集めることができるだろう。樹弘はそれだけの戦力でも率いて嶺門の救援に駆けつけるつもりでいた。あるいはもっと召集できるかもしれないという淡い予測もあった。

 紅蘭の話では、嶺門で別れた無宇はどこかへと向かったという。伯国で起こった変事を景朱麗に知らせてくれたかもしれない。

 『すでに貴輝に一軍を集結するように言っている。朱麗さんが気を利かせて桃厘まで南下させてくれれていれば……』

 景朱麗には勝手に軍を動かすなと言っているので、実に虫のいい希望である。しかし、景朱麗という女性は、叱責覚悟でも樹弘の意に沿って行動を起こせる人であった。

 『朱麗さんか……』

 泉春を出て半年ばかり過ぎている。景朱麗の端整で生真面目な顔立ちが妙に懐かしく、とても会いたくなった。その気持ちが樹弘を奮い立たせ、予測どおり三日で桃厘に辿り着いた。

 満身創痍の状態の樹弘は、桃厘周辺の光景を見て息を飲んだ。至る所に天幕が張られ、軍馬と兵士に満ちていた。軽く見ても五千名の兵士はいるだろうか。

 「これは……」

 樹弘は数ある天幕の中から最も大きなものを見つけて近づくと、すぐに見知った顔を見つけた。

 「景弱!」

 樹弘が泉春にいる時、その身辺警護をしている景弱であった。彼はまるで樹弘の帰還を待っていたかのように陣の外側でじっと佇立していた。

 「主上!」

 景弱は樹弘を見つけると破顔したかと思うと、急に涙を流し、駆け出してきた。

 「主上、お待ちしておりました。無宇から主上が戻って来られるかもしれないとお聞きしておりましたので、その日を今か今かと待っておりました」

 景弱は今にも倒れんとしている樹弘に肩を貸した。

 「誰が将だ?」

 「蘆明将軍です。将軍の下にお連れ致します」

 主上のご帰還だ、と景弱が叫ぶと、わっと陣営が沸き立った。樹弘はそれだけで人心地つけた気がした。

 蘆明は桃厘で田碧と駐留における諸事の打ち合わせをしていたのだが、樹弘が帰還したとの報せを聞いて田碧と共にすぐに駆けつけてきた。その間、樹弘は食事を取り、ようやく体調を取り戻すことができた。

 「主上、不在しておりまして申し訳ありませんでした」

 蘆明は田碧と並んで立礼した。

 「いや、僕も突然帰ってきたんだ。それよりもどうして桃厘まで軍を進めていた?僕は貴輝に集めておくようにとは言ったが」

 「丞相の判断です。丞相が無宇からの報せに接して、主上が軍勢を必要とされるから桃厘まで南下させておこうと」

 「朱麗さんが?」

 蘆明の説明に樹弘が険しい顔をしたのだろう。蘆明が慌てて言葉を続けた。

 「是非とも丞相を責めないでください。丞相は勝手に軍を動かした咎を受けるつもりでおりますが、それはあくまでも主上を思ってのことです。どうかその点をご理解ください」

 「責めるなんてしないよ。僕はとても朱麗さんに敵わないな」

 樹弘は嘆息した。叱責されることを覚悟で物事を進め、それが樹弘の望むことに沿っていたとなれば、樹弘としては責めることはできなかった。

 「蘆将軍、すぐにでも出立し、伯国へ向かう。伯国で起こっていることは道中で話す」

 「承知しました。全軍に出陣の用意を」

 蘆明が部下に目配せすると、部下が頷いて天幕から飛び出していった。

 「田碧は桃厘にいる名医を集めてくれ。助けたい人がいる。軍に帯同させたいから急いでくれ」

 「では今すぐに」

 田碧も続いて出て行った。さらに樹弘は泉春へと使者を出した。

 「追加で軍勢を派遣して欲しい。将の選任は丞相に任せる。あと、蒼葉と朱関にも伯国へ来る様に行ってくれ。戦略的な指南と伯国占領後の政策について助言が欲しい」

 使者は樹弘の口述を筆記すると、外で待っていた馬に飛び乗った。

 「蘆明、出陣までどのぐらいかかる?」

 最後に樹弘は蘆明に問うた。

 「明日の早朝にも」

 「そうか、それまで寝させてもらう」

 樹弘はそこにあった藁敷に寝転がるとすぐに寝息を立てた。

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