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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
125/962

蜉蝣の国~45~

 紅蘭が仕入れてきた情報により、全道が伊賛に組しようとしているのが確実になったので、樹弘達はすぐさま邑を出ることにした。幸いにして戦闘準備に追われていたせいか、邑を密かに出る馬車を誰何する者はおらず、樹弘達は無事に脱出することができた。そして、ようやく嶺門に到着することができた。

 すでに嶺門は臨戦状態にあった。まだ太陽が昇っていないにも関わらず、不夜城のように明るく城壁を照らしていた。城壁の上には見張りの兵が多数控えており、その門前に李志望が立っていた。敏達の言葉が効いたのだろう。樹弘の下に走りよってきた。

 「夏弘殿、申し訳ない。私がもっと賢明であったなら……」

 「そういう話は後です。早く主上を」

 「ああ、医師を!」

 李志望が叫ぶと医師が駆けつけ、伯淳が担架に乗せられ運ばれていった。

 「近郊から名医を掻き集めましたが……それにしても自分が不甲斐ない!」

 李志望は心の底から悔しそうであった。そして柳祝から目が合うと、深々と頭を下げた。

 「柳祝殿、あなたにまで危ない目を遭わせてしまった。申し訳ないと思う。ただ、我が弟が主上を襲った実行犯と聞いたが、それは誠なのか?」

 「残念ながら……。琳唐殿が仰っていました」

 「おのれ!くされ外道め!李家の恥さらし!」

 李志望は狂わんばかりに地団太を踏んだ。李志望の怒りは尤もであろう。一番信頼していただろう弟に裏切られたのであるから。

 「落ち着いてください、李将軍。あなたが興奮していては何も始まらない」

 「し、失礼した。そうだな……。これでは駄目だな。主上がおられる以上、伊賛の無道を許すわけにはいかない。これを天下に喧伝し、最後の一兵卒になってまでも戦う!」

 李志望は気を取り直したようであったが、嶺門で孤軍奮戦しても勝機があるとは思えなかった。

 「李将軍、無礼を承知で言う。あなたにとって本意ではなかろうが、泉公の力を借りるべきだ」

 意気軒昂としていた李志望の顔にわずかながら影が刺した。李志望としてもそのことを考えでもないが、伯国の将軍としての矜持があって素直に頷けないのだろう。

 「伊賛と対抗するには嶺門の戦力だけでは無理だ。それが分からぬわけではないだろう。いや、決めた。僕は泉国へ使者として行ってくる」

 「夏弘殿が……」

 「それがいいですよ。ここが伊賛の軍によって囲まれる前に夏弘は泉国へ行った方がいい」

 紅蘭も樹弘と考えは同じであった。

 「少なくとも嶺門にいる将兵や民衆は主上を守ろうとしている。そのために妙な矜持を捨てるべきだ。私は槍働きはできないが、夏弘が帰ってくるまで微力ながら協力する」

 紅蘭は決断を迫るように李志望に詰め寄った。李志望は観念したように樹弘に向き直った。

 「夏弘殿、お願いする。ひとまずは泉公の力を借りねば、このままでは立ち行かない。主上のためにも……」

 「名医も一緒に連れてくるさ」

 樹弘はそれだけ言うと、早速嶺門を出て北を目指した。ちょうど地平線が白んでいる頃であり、樹弘と入れ替わるようにして伊賛の息がかかった大軍が南の地平線に現れた。


 衛環からの大軍を指揮するのは李炎であった。すでに公的には李志望の将軍としての地位は剥奪されており、李炎は右大将の地位を授けられていた。李炎が指揮する兵士の数はおよそ一万五千。嶺門で李志望と運命を共にしようとしている兵士千名を除けば、伯国のほぼ全軍であった。

 「おのれ、炎の奴。堂々と李家の旗を掲げよって!恥知らずほど世に御し難い者はいないらしい」

 李志望は楼台から大軍を眺め、戦意を新たにしていた。もはや迷いはなさそうであった。

 「しかし、関係のない者を巻き込んでしまったのは痛恨の極みだ。紅蘭殿、柳祝殿と一緒に今からでも嶺門を出られてもいいんですぞ」

 紅蘭は大軍を一目見てやろうと頼み込んで楼台に登らせてもらった。見える範囲一面に軍勢が広がっていていたが、不思議と恐怖はなかった。

 「今更言わないでくださいよ。好きで残ったわけですし。柳祝さんも主上がおられるから残ったんですよ」

 柳祝は付きっ切りで伯淳の看病をしている。嶺門にいた医師のおかげで伯淳は目を覚ましたのだが、起き上がることもできず、ここまでの記憶もおぼろげのままであった。

 「我が伯国がどこへ向かおうとしているかは分からん。しかし、この一戦に負けてしまえば、伯国の名は地に落ちて諸国の笑いものになる。不正義のまかり通る国であると」

 負けるわけにはいかんのだ、と李志望は語気を強めた。それは自分に言い聞かせているようであった。

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