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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
122/958

蜉蝣の国~42~

 馬車に乗せられた伯淳は時折呻き声のようなものをあげるが、四肢を動かすことはなかった。

 「全身を強打したのですから、骨が折れているかもしれません。すぐにも医師に見せないと……」

 柳祝はそう訴えた。医師を見つけるとなるとどこかの邑に立ち寄るしかない。しかしそれでは伊賛の手の者に見つかってしまう可能性が大きい。

 「どうすべきだろうか?敏達殿」

 樹弘は馬車を御している敏達に意見を求めた。

 「近くに私の故郷があります。そこならば匿ってもらえるかと……」

 「先に行って様子を見てくる」

 樹弘は一人馬を飛ばして近くにあるという敏達の故郷を探した。一刻ほどして見つけることができたが、すでに騎馬武者が邑の入り口をうろついていた。

 『伊賛の兵がここまで来ているのか』

 樹弘は伊賛という男の権勢振りを甘く見ていたようである。伊賛は丞相であっても文官である。軍をたやすく動かせるとは思っていなかった。

 『これは伯国のほとんどが伊賛側に回ったとみていい』

 こうなると伯国の国軍のほとんどが嶺門を攻めてくることになるだろう。樹弘は諦めて柳祝達と合流した。結果を報告すると、敏達は肩を落とした。

 「こうなれば北へ向かって李志望将軍を頼るしかありませんね」

 樹弘も同意するしかなかった。

 樹弘達は再び北上した。伯淳の容態もあるので馬車の速度を出すわけにいかなかった。道中、樹弘が近隣の邑に立ち寄り、食料と情報を仕入れながらの逃避行となった。どこの邑に寄っても伊賛の手が回っていたが、嶺門まであと二舎と近づいたところでようやく李志望の勢力下に入ることができた。

 「あそこの邑は確か李将軍の配下が常駐しているはずですが、李炎の例もあります。伊賛が手を回している可能性もあります」

 敏達がそう言うので、樹弘がひとまず先行して邑の様子を探ることにした。邑に近づいてみると、まだ衛環からの追っ手らしき武者の姿はまだ見えなかった。しかし、邑の至る所で武装した武者が徘徊していて物々しさがあった。

 「何かあったのですか?」

 樹弘は立ち寄った商店で尋ねてみた。

 「どうやら丞相が主上を追ったようです。自ら立てた国主なのに、なんとも嘆かわしい話です」

 店主は声を潜めた。基本的に市井の人々は、どこの邑でも同じような反応を示した。

 「衛環から軍勢は来ていないようですね」

 「全道様が追い返したようです」

 全道とはこの邑を守っている李志望配下の将のことである。流石に李志望の配下だけに伊賛に同調することはないらしい。しかし、明確に伊賛と相対するのならもっと邑の防備を固めるべきではないだろうか。

 『全道とやらは迷っている……』

 李志望の配下として使者を拒絶してみせただけで、衛環から大軍が来れば手のひらを返すかもしれない。樹弘は疑心暗鬼になっていた。

 『泉国ではなかったことだ』

 樹弘は泉国の延臣には絶大な信頼を置いていた。かつて敵であった相宗如にも、その配下の備方にも同様であった。だが、伯国の延臣達はどうだろうか。国主を支えるべき丞相が国主を追い、数多延臣達はどうすべきか他者の顔色を伺いながら判断に迷っている。大河の流れが決まれば、きっと迷っている者達はその流れに身を任せるだろう。これが国家として健全であるといえるだろうか。

 『やはり嶺門へ急ごう』

 伯淳を李志望に預け、泉国へと戻る。泉国の国軍を率いて伯淳を奉戴して伊賛を討つ。樹弘は改めてそれしかないと決意を新たにした。

 情報と食料を仕入れ終えた樹弘が伯淳達のもとへ帰ろうとした時、背後から袖を引っ張られた。無宇かと思って振り向いてみると、

 「紅蘭……」

 「待っていたよ、樹弘」

 それほど時間が経っていないのに、樹弘は妙に懐かしさを感じた。

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