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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
120/958

蜉蝣の国~40~

 柳祝と伯淳は闇夜を北上した。しかし、柳祝も伯淳も伯国の地理に詳しいわけではない。すぐに集落を見つけ出すことができなかった。そのことに柳祝は焦燥を覚えた。

 『どちらにしろ二人だけで嶺門を目指すのは無理だ』

 然るべき協力者がいなくては、徒歩で十数日かかる道のりを得て嶺門に辿り着くのは不可能であった。だが、柳祝は所詮、伯淳の召使に過ぎず、権門との知り合いがいるわけではない。伯淳も、いざと言う時に頼りにできる家臣を見つけ出しているわけではなかった。

 『あの時は家宰がいた……』

 柳祝の人生は逃亡の連続であった。相軍の将であった湯瑛に父を討たれ、泉春から脱出しなければならなくなった時、家宰を初めとした使用人達に守られて何とか逃げ切ることができた。先の嶺門へ向かう時に賊に追われて逃げた時は夏弘に助けられた。だが今度ばかりは助けはないであろう。そういう予感が柳祝にあった。

 「柳祝、敏達を頼ろうか?」

 二人だけの逃避行は無理であると伯淳も判断したようである。敏達は最近になって伯淳に伺候していた官吏である。才知のある人物であるが、伯淳を匿えるほどの勢力を築いているとはいえなかった。

 「敏達殿は私達がこのような目に遭っていると気がついているのでしょうか?いえ、敏達殿だけではありません。衛環の他の官吏や武人がどのように動くか見極めねばなりません」

 朝になれば伯淳がいないことが白日の下となるだろう。その時、多くの官吏や武人がどのように行動するだろうか。李炎によって伯淳が追われたことを知って必死に捜すだろうか。それとも伊賛、李炎に阿って同調するだろうか。伊賛の権勢の強さを思えば、阿る者の方が多いのではないか。柳祝はそこまでの事態を想定していた。

 『八方塞とはこのこと……』

 絶望にも似た感情が柳祝を襲い掛かってきた。空が白み始めても生きた心地がせず、さらに追い討ちをけるように、馬蹄の音が響いてきた。

 「人影だ!」

 「いたぞ!」

 その言葉遣いの荒さからして救世主ではなさそうであった。柳祝は我が身の覚悟を決めた。

 「主上、ここは私にお任せください。わずかばかりでも時間を稼ぎます」

 「嫌だ。僕が時間を稼ぐ。柳祝は逃げてくれ」

 覚悟を決めたのは伯淳もであった。精悍な顔つきで剣を抜いた。

 「しかし、主上……」

 「僕は男児だ。女性を守れなくては名が廃る。僕は国主である前に男児でありたい」

 騎馬が近づいてきた。全部で十騎。彼らは瞬く間に柳祝達を取り囲んだ。

 「僕は伯国国主、伯淳だ。それと知っての狼藉か!」

 伯淳は凄んで見せた。こういう威厳は衛環に戻ってきてから身に付けるようになっていた。効果はあったらしく、何人かは一瞬戸惑いの色を見せた。

 「丞相よりご命令が出ておる。躊躇うな!」

 隊長らしき男が吠えると、剣を抜いて襲い掛かってきた。伯淳は迎え討たんと剣を構えた。隊長は騎馬に乗ったまま剣を振り上げると、伯淳の頭上に振り下ろした。伯淳はそれを受け止めたが、力は大人と子供である。力負けした伯淳は剣を落とした。それだけではなく、通り過ぎる馬体に弾き飛ばされた伯淳は、地面に叩きつけられた。

 「ぐわっ!」

 「伯淳!」

 体が勝手に動いた。柳祝は地面に倒れている伯淳に覆いかぶさった。

 「どけ!女!」

 「どきません!あなたには武人としての矜持はないんですか!」

 「女が生意気言うな!」

 柳祝は目を閉じた。ここで死ぬことになる。そう覚悟した柳祝は、遠くから馬蹄と馬車の車輪が回ることが聞こえた。

 「何だ?何の音だ?」

 「馬車が一乗と騎馬が一騎こっちに来ています」

 「味方か?」

 柳祝は身を起こして近づいてくる馬車と騎馬を見た。まだ遠くではあったが、騎馬に乗っているのが夏弘であることははっきりと分かった。

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