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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
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蜉蝣の国~39~

 激しく揺られる馬車の中で柳祝は、まだ寝ぼけ眼で事態を把握できてない伯淳を胸に抱いていた。伯淳に付き従っているのは柳祝の他には馬を御している宦官一人だけである。

 これほど心細い逃避行はなかった。というよりも、このように追ってから逃げるのは三度目である。慣れるものではなかったが、今ほど生命の危機を如実に感じることはなかった。

 柳祝は何度か来た道を振り返った。追っ手が迫っている様子はなかった。

 「柳祝、気持ち悪い……」

 あまりの馬車の激しい揺れに伯淳は酔ってしまったのだろう。青白い顔をしていた。

 「あの、少し速度を落としていただけますか?主上の気分が優れないようで」

 柳祝は窓から顔を出して馬を御している宦官に告げた。

 「そうですな……。追っ手も見えませんし」

 宦官は速度を落としてくれた。柳祝も人心地つけた。

 「柳祝、どうなっているの?どうして逃げているの?」

 柳祝は真実を告げるかどうか迷った。配下の李炎に命を狙われるなど、伯淳がすればこれほど衝撃的なことはないだろう。しかし、伯淳が国主であり続けるためには告げねばなるまいと思った。

 「李将軍が主上のお命を奪わんとしていました」

 「李炎が?何で?」

 「そこまでは……」

 柳祝も信じられなかった。琳唐に促され伯淳を起こし、馬車に乗り込むまでは半信半疑であったが、馬車が出る瞬間、武装した李炎を見てようやく信じることができた。

 『李炎が丞相と手を結んだ』

 そうとしか考えられなかった。李炎は李志望の弟である。それなのにあっさりと兄を裏切るということは、伊賛から相当の見返りが用意されたのだろう。

 『人はどこまでも卑しくなる……』

 婦人がいるのに柳祝に言い寄ってくるような男である。節操がない道を走ってもおかしくはなかろう。柳祝は李炎に対して怒りを嫌悪しかなかった。

 「どうして?僕が何をしたというの?」

 伯淳は泣いていた。無理からぬことであろう。伯淳は国主として一生懸命やってきたのに、配下に裏切られ、命まで狙われたのである。

 「主上。今は逃げることをお考えください。嶺門で李志望将軍に匿ってもらいましょう」

 「嫌だ!李志望は李炎と兄弟じゃないか!夏弘がいい!夏弘なら僕を守ってくれる!」

 柳祝も気持ちは同じであった。夏弘の存在に焦がれ、彼が目の前にいればすぐにでもその胸に飛び込みたかった。だが、夏弘はもういないのである。

 「主上!ここには夏弘殿はいないのです!私達だけで窮地を脱しないと……」

 馬車が急に止まった。馭者をして宦官が扉を開けてきた。

 「主上、柳祝様。ここでお降りください。私が一人で馬車を動かし囮となります。徒歩となりますが、時間が稼げましょう」

 「しかし、それではあなたは……」

 「宦官、寺人というのは主上のために生きて死すのです。主上が生きてこその我らです。琳唐様も同じでございましょう」

 宦官に促され、伯淳と柳祝は馬車を降りた。

 「北へお行きください。李炎が裏切りましたが、李志望将軍は誠実な御仁です。きっと主上をお助け申し上げるでしょう。それでは」

 宦官が再び馬車に乗り込んだ。そして衛環の方へと馬車を走らせていった。

 「主上、とにかく近くの集落を捜しましょう。あの方が時間稼ぎをされても一刻も早く嶺門へ」

 柳祝はしゃがみ込んでいる伯淳の手を引いた。

 「主上、お立ち下さい。朝議の場であれほど延臣に対して強気であった主上です。そんな所で塞ぎ込んでいては夏弘殿に笑われます」

 「夏弘に……」

 「主上は強くあってください。私は最後までお付き合い致します」

 「そうだね……。ごめんね、柳祝。僕が柳祝を守らないといけないのに」

 そう言った伯淳の顔には多少生気が戻っていた。

 「ひとまず近くの邑を捜しましょう」

 柳祝は出立を促したが、伯淳はじっと衛環の方を睨んでいた。

 「主上?」

 「僕は衛環に戻るべきかもしれない……」

 柳祝には伯淳の心情がよく分かった。混乱から解放された時、伯淳の中にある国主としての矜持が蘇ってきたのだろう。国主として家臣に追われて国都を逃げ出したというのが、どうにも許せないのだろう。

 「主上、お気持ちは分かりますが、ここは李志望将軍と合流することだけをお考えください」

 「そうだね、分かった」

 伯淳は素直になっていた。

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