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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
112/963

蜉蝣の国~32~

 「僕は言ったんだ。流民を何とかして欲しいって」

 朝議から戻ってきた伯淳は柳祝に嬉しそうに語った。今朝の朝議で発言するということは事前に話されていたので柳祝に驚きはなく、寧ろ勇気を振り絞って発言した伯淳を褒めてあげたかった。

 「それはよろしゅうございました」

 柳祝としてはその程度のことしか言えなかった。伯淳は主上であり、それを褒めるのは僭越というものであった。

 「明日、具体的な案が出なければ、僕が案を出す。夏弘と紅蘭に教えてもらったんだ。あの二人、政治とか経済に詳しいから」

 伯淳が夏弘と紅蘭から政治経済について色々と教授を受けていることは聞いていた。確かにあの二人はその方面の知識は豊富にあった。紅蘭は学士として勉強していたというから理解できるが、夏弘のそれはどこから来ているのだろう。単なる剣術だけの人ではないということであった。

 『本当に不思議な人……』

 柳祝は夏弘のことを思うとぽっと体が熱くなった。伯淳の衣服を片付け終えると、一服する茶を入れようと柳祝は一度退出した。茶を入れて戻ってくると、夏弘と紅蘭の姿があった。

 「あら、お二人がいらっしゃるのなら、大目にお茶を入れてくればよかったかしら」

 柳祝は平静を装いながらも、視線は夏弘を追っていた。夏弘は腕を組んだまま、難しい顔をしていた。

 「あ、お構いなく」

 紅蘭はにこやかであった。勝手知ったる我が部屋と言わんばかりに棚から椀を二つ取り出すと、急須から茶を注いだ。

 伯淳はというと、柳祝が茶を入れてくれたことにも気がつかず、夏弘に対して熱弁していた。

 「夏弘は言ったよね。僕達の贅沢をやめる。租税を安くして農業や工業を盛んにする。それから……」

 伯淳は楽しげで自慢げであった。伯淳としては国主として初めて国主らしいことをしたのが誇らしいのだろう。その気持ちは分からないでもなかった。しかし、どうにも浮かれているようにも思え、柳祝としては少し心配であった。夏弘も同じことを考えていたのか、諌めの言葉を言った。

 「主上。そう焦られぬことです。国家のことは一朝一夕にはいかないものです。まずは閣僚の意見をお聞きください」

 「でも、泉国の泉公は庶民から出て三年で国主となり、それからさらに三年で泉国を立て直した。僕も同じような状況だから、できないはずがない」

 伯淳の理論は児戯に等しかった。やはり柳祝は危うさを感じずにはいられなかった。

 「主上。まずは頼みとなる賢臣をお探しください。聞くところによると、今の泉公は凡才だそうです。しかし、丞相をはじめ賢臣を集め、彼らと共に政治を行っています。それが今の泉国の結果なのでしょう。ですから主上も国内において賢臣を求め、共に政道をお進みください」

 夏弘の言葉に伯淳は動揺の色を見せた。無理からぬことだと柳祝は思った。今の閣僚の中で伯淳に同調する賢臣などいるはずもなかった。また下級官吏にそのような人物がいたとして、伯淳に見抜く力量があるとは思えないし、それらを登用するだけの器量があるとも思えなかった。

 「賢臣……。李将軍や丞相では駄目なのか?」

 「僕はまだ伯国に来て日が浅いのでお二人の才覚や器量は分かりません。しかし、今の伯国の現状が長く続いているとことを考えればお察しいただけると思います」

 伯淳はうなだれた。夏弘の言うことが身に染みて理解できたのだろう。

 「ならば夏弘はどうだ?紅蘭も。二人は僕などよりも政治に詳しくて賢い」

 伯淳は懇願するように言ったが、夏弘は首を横にふり、紅蘭も目を伏せるだけであった。

 「僕も紅蘭も所詮は他国人です。やはり伯国のことは伯国からお求めください」

 伯淳に対して友好的で優しかった夏弘であったが、まるで手のひらを返したように手厳しかった。その手厳しさが柳祝にはやや不可解であった。


 しばらくの歓談の後、部屋を辞去した夏弘と紅蘭の後を柳祝は追った。

 「……待ってください。夏弘さん、紅蘭さん」

 走って追いかけたので少し息が切れた。息を整えている柳祝を夏弘は黙って待ってくれた。

 「主上に色々とお教えいただきありがとうございます。主上もやる気を出したようですが、私は少し心配なのです」

 何が心配なのか柳祝は明確に口にすることはできなかった。

 「主上は浮かれておられる。僕や紅蘭からの知識だけで政治を知ったつもりになっておられるんです」

 手厳しい言葉であった。そうと気がついたからこそ夏弘は最後は突き放すように言ったのだろう。

 「ならばそのことも主上にご教授ください」

 夏弘は複雑そうな顔をした。

 「先ほどの申し上げたけど、僕達は伯国の臣ではありません。僕達のようなよそ者が色々と口を出せば、主上の立場としてもよろしくないということです。特に今の伯国の状況を考えれば……」

 「では、伯国に住まわれてはいかがですか。そうなれば伯国の臣にもなれましょう」

 何を言っているのだろうか。柳祝は言い終わってからはっとした。静国から旅をしている彼らに伯国の臣民となれというのは明らかに無茶なことであった。

 「すみません。どうかしていました。忘れてください」

 柳祝は夏弘に背を向けた。どういうわけか目頭が熱くなってきた。

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