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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
109/962

蜉蝣の国~29~

 伯国の国都、衛環。街の規模としては泉春よりはやや小さく、貴輝と同等程度であろうと樹弘は値踏みした。伯国の国土の広さを考えると、大きな国都であると言えた。

 だが、街中は一国の国都とは思えぬほど寂れていた。日中にも関わらず目抜き通りは人影が疎らで、朽ちている建物も少なくなかった。

 「とても国都とは思えないな」

 長旅で遠慮のなくなった紅蘭が率直に言った。樹弘もこれには頷くしかなかった。

 「流民が国都に流れてこないのか?」

 樹弘は柳祝に問うた。この旅の間で樹弘は柳祝の聡明さに気がついていた。立ち居振る舞いと発言に高い知性を感じ取っていた。

 「寧ろ衛環から人が出て行っている状況です。食を求める人は衛環ではなく静国や泉国へと行った方がいいと知っていますから」

 それは悲しい事実であろう。衛環にいる首脳陣は国民に信頼されていないということである。柳祝も同じことを感じているのか顔を曇らせた。

 『丞相は何をしている』

 伯淳が幼少であり、しかも政治というものに携わってことがないのだから、これを補佐すべき丞相がしっかりと政治を総覧しなければならない。景朱麗と二人三脚で政治を行なってきた樹弘からすれば、あまりにも歯がゆいことであった。

 三人が会話をしている間、伯淳はじっと無言のまま外の景色を眺めていた。しかし、そこに悲壮感はなく、精悍な眼差しをしていた。

 馬車が宮殿の門を潜った。門から建物までの石畳の通路に百官が迎えに出ていた。先立って馬車を降りた伯淳の前に進み出て、恭しく叩頭した老人がいた。あれが伊賛だと柳祝が耳打ちをしてくれた。

 『あれが伊賛か……』

 樹弘はもっと狡猾そうな老人だと思っていたのだが、どうやらそれは勝手想像だったようで、小柄で温厚そうな面持ちをしていた。伯淳に続いて柳祝が馬車を出て、樹弘と紅蘭が続いた。少し顔を上げた伊賛が疑わしげに樹弘達を見つめた。

 「この二人は道中、賊に襲われた僕達を助けてくれた。以来、客として遇している。衛環でも同様に扱って欲しい」

 伯淳が毅然とした口調で言った。伊賛の眉が僅かに動いた。。きっと伯淳がこのように毅然として伊賛に命じたことがなかったのだろう。

 「御意にございます」

 伊賛が再度叩頭した。


 流石に国都ということもあって衛環宮の客室は豪奢であった。嶺門の兵舎とは雲泥の差で、紅蘭は物珍しそうに色彩豊かな調度品などを眺めていた。

 「凄いな……。私、宮殿に入るのは初めてだから、なんか興奮するね」

 「そうだな」

 泉国の国主として華美を遠ざけた樹弘からすれば、あまり興味を引く物はなかった。

 「凄いと思わないのか?」

 「別に。居心地が悪いだけだ」

 それよりも樹弘は、衛環宮の内情を知りたかった。伊賛の評判や、伯淳に忠誠を誓っている者がどれほどいるかなど、知らねばならぬことが山ほどあった。

 『しかし、いくら伯淳の客として衛環宮に来たとはいえ、行動の自由は制限されるだろう』

 深入りしすぎたかとも思ったが、こうなってはしばらくは成り行きに任せるしかなかった。

 しばらく紅蘭と他愛もない話をしていると、扉が叩かれた。何者かと思って扉を開けると、衛兵が立っていて、伊賛が二人に会いたがっている旨を告げられた。

 「丞相閣下がまたなんで……」

 紅蘭は驚いているようだが、樹弘は遅かれ早かれ伊賛が接触してくるだろう予感がしていた。

 『伊賛は僕達を李志望の間諜だと思っているんだ』

 伊賛がそのように邪推するのも無理なかろうと思った。対立関係が明白化している李志望の下から帰ってきた伯淳に見知らぬ男女が付き添っているのだから、伊賛に限らずそう疑うであろう。

 しかし、樹弘からすると好都合であった。李志望と並ぶ伯国の有力者である伊賛がどのような男であるか知ることができるまたとない好機であった。

 「分かりました。すぐに参ります」

 樹弘は、紅蘭と相談することなく応じることにした。

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