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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
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蜉蝣の国~28~

 『どうにも凄いことになってきたな』

 衛環へと向かう馬車の中で樹弘は運命の数奇さを感じざるを得なかった。伯国を見聞するために旅に出た樹弘は、旅の目的としては精々国都である衛環まで行き国情を見聞きして帰る程度のことを考えていた。しかし、まさか伯国の国主である伯淳と遭遇し、彼と共に衛環に入るとは夢にも思っていなかった。勿論、樹弘としては願ってもないことであった。

 『ひとまず丞相である伊賛という男がどういう人物かを見極める必要がある』

 李志望は、偽りを言えぬ人物であり、伯淳に揺るがない忠誠を抱いているのは間違いなかった。ただ彼の口から飛び出した伊賛が伯淳の命を狙っているという話は俄かに信じることができなかった。

 『正邪をつけるつもりはないが、李志望こそ妄言を吐いている可能性もある』

 ただ確信できることは、衛環が伯淳にとって安住の地ではないということであった。

 樹弘の隣に座る伯淳は終始浮かない顔をしていた。柳祝が耳打ちしてくれたことによると、嶺門へ向かっていた時と対照的だと言う。それほど衛環での生活は気鬱なのだろう。

 『僕が樹弘だと打ち明けてみようか』

 とも思ったが、すぐにその案を引っ込めた。徒らに混乱を生むだけであった。

 馬車が衛環に近ずいてきたらしい。とても都市の近郊とは思えぬほど寂れた光景が続いていた。明らかに流民らしき人の群や、行き倒れている人々も見かけた。

 『あれを見て心を傷まないものがいようか……』

 いたとすれば、その者に政治を行う資格はないだろう。樹弘が伯淳の様子を伺うと、今にも泣きそうな顔をしていた。

 「主上、あの光景を見てどう思われますか?」

 樹弘は馬車の中に自分と伯淳の他に紅蘭と柳祝しかいないのをいいことに、単刀直入に切り出した。

 伯淳は、一瞬悲しげな表情をしたが、すぐにキュッと唇をかんだ。

 「悔しいよ。僕は国主なのに何もできない。ここで僕が施しを与えたとしてもきりがない。僕が国主として何かしないといけないのに」

 樹弘は意外に思った。ここ数日見てきた伯淳は、大人しく政治についてあまり言を発することはなかった。だからここまで力強く自分の意思を発露するとは思いも寄らなかった。しかし、これが本当の伯淳なのだろう。

 「ねえ、夏弘。僕はどうすればいい?僕が強くなれば、彼らの為の政治ができるのかな?」

 まだ幼く、孤児院からいきなり国都に国主と招かれた伯淳が政治に何たるを知るはずもなかった。だから伯淳は剣術を習いたいと言い出したのに違いない。その純粋さを樹弘は貴重に思った。

 『きっとこの気持ちが分かるのは、この世で僕と伯淳かもしれない』

 樹弘も市井から国主となった。しかし樹弘と伯淳の違いは、年齢のこともあるが、樹弘は内乱を経験した末に国主となったの対して伯淳はいきなり国主となった。この差は大きいのではないかと樹弘は思うのであった。

 『僕は臣下達と苦楽を共にしてきた。だから彼らは味方になってくれた。それに引き換え伯淳にはその機会がなかった』

 伯淳は孤独だったのだろう。その孤独に耐え、自らの意思で政治を行なっていくのには確かに強さはいる。しかし、その強さは剣術であるとは上辺だけの強さではなかった。 

「主上。剣術を習うことはいいことだと思います。しかし、本当に必要なのは自分がどのような政治をしたいかということと、それをやり通す信念であると思います。主上は市井からお出になられたと聞いています。だからこそ民衆に寄り添った政治ができるのだと思います。主上が何者も恐れずに、その意思を強くお持ちになってください」

 「意思を強く持つ……」

 何か響くことがあったのか、伯淳の目つきが変わった。

 「それと自分が一人であるとは思わないことです。主上の周りには李将軍をはじめ李炎殿、柳祝殿もおられます。衛環には他にも主上に心寄せるものもおりましょう。僕も紅蘭もわずかな時間になりますが、衛環にお供させていただきます。どうぞお気持ちをしっかりお持ちください」

 「ありがとう、夏弘。僕はやってみるよ。孤児院にいた僕が国主になったんだ。僕みたいに立場にいた人間を幸せにする政治をしないといけない」

 僕が国主なんだ、と伯淳は力強く言った。力み過ぎではないかと樹弘は思ったが、気弱な伯淳にはこれぐらいがちょうどいいのではないかと思い直した。

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