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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
105/959

蜉蝣の国~25~

 嶺門に入ったその日の夜、樹弘達が滞在している宿舎に柳祝が訪ねてきた。

 「ぜひとも主上が皆さんと夕食を共にしたいと申しておりまして。是非とも官舎においでください」

 迎えに来た馬車は伯淳が乗っていたものと同じであった。馬車に乗り込む時、それなりに歓迎されているな、と紅蘭が囁いた。

 「柳祝さんは、主上にお仕えて長いんですか?」

 官舎まで短い道中であったが、紅蘭が積極的に柳祝に語りかけた。

 「ご存知かもしれませんが、主上はついこの間まで市井の孤児院におりました。私はそこで働いておりました」

 柳祝は躊躇うことなく話してくれた。どこか陰のある女性だと思っていたが、存外話しやすかった。

 「じゃあ、いきなり宮仕えになったわけですね。大変だったでしょう」

 「ええ……まぁ」

 わずかに言い淀んだ柳祝は曖昧に頷いた。

 「それにしてもまさか主上とお会いするとは思っていませんでした。出会い方は少々乱暴でしたが……」

 「その節はありがとうございました」

 「まぁ、助けたのは夏弘なんだけどね」

 なぁ夏弘、と紅蘭に言われて、樹弘は愛想笑いをした。

 「それにしても夏弘さんの剣の腕は凄かったですね。主上は非常に感心しておられましたよ」

 「大したことないですよ。それよりも主上の馬車を狙うとは畏れ多いことです」

 樹弘はさりげなく会話の矛先を自分に向かうのを逸らした。

 「賊が多いのも事実ですが、あれは果たして賊だったのでしょうか……」

 柳祝が意味ありげに呟いた。確かにあれが単なる強盗目的の盗賊にしては、執拗に馬車を追っていたようにも思えた。

 『伯淳は命を狙われているのか?』

 伯淳が即位した過程を考えれば可能性がないわけではない。依妃一派残党の仕業とも考えられなくもないのだ。柳祝に心当たりがないのか聞いてみようと思ったが、その前に官舎に到着した。

 国主が寝泊りする官舎とはいえ、樹弘達に割り当てられた兵舎とそれほど変わらぬ建物であった。しかし、出された料理はここ数日でありついた食事の中で一番豪華であった。

 「辺境故、大したもてなしができませんが」

 と言ったのは李志望であった。伯淳はご馳走を目の前にして目を輝かせていた。その伯淳の隣に柳祝が座り、肩を叩いた。

 「昨晩はありがとう、夏弘。助かったよ」

 きっと柳祝が発言を促したのだろう。伯淳はややしどろもどろになりながら、それでいて国主として鷹揚に振舞おうとしていた。

 「いえ、主上がご無事でなによりでした」

 「でも、凄かったね、あの剣術。こうやって……えい!やぁあって」

 伯淳は箸を剣に見立てて、縦横に振るった。行儀のいい所作ではなかったので、李志望が咳払いして嗜めた。

 「さぁ、いただきましょう。折角の羹が冷めてしまいます」

 柳祝が取り成すように言った。その隣で伯淳が気落ちしたように俯いていた。


 出された食事は非常に美味しかったが、宴としては盛り上がりを欠いたものとなった。伯淳は終始気落ちがちで、会話に参加することはほとんどなかった。食事が終わる頃には睡魔に襲われ始めたのか船を漕ぎ始め、最終的には柳祝に連れられるようにして寝室へと下がっていった。

 それを潮に樹弘達は辞去しようとしたが、李志望に呼び止められた。

 「少しお話がありまして……」

 昼間はやや尊大に構えていた李志望であったが、今は妙に丁重であった。

 「夏弘殿は、主上を襲った賊のことをどう思われましたか?」

 別室に通されると、李志望は神妙な顔つきで切り出した。その隣にはやや陰鬱な表情の李炎がいた。やはり彼らもあの賊がただの賊とは思っていなかったようである。

 「普通の賊というのがどういうものか分かりませんが、一個の馬車をあそこまで執拗に追いかけていたというのはどうも……」

 夏弘は率直に言った。

 「手合わせをされてどうでした?訓練された兵士ということはなかったですか?」

 李炎の発言は彼らの疑惑の核心を突いていた。

 「それって主上が国軍の誰かから狙われているということですか?」

 紅蘭は流石に鋭かった。李志望も李炎も黙り込んでしまったことから、彼らがそのような疑惑を持っているのは明らかであった。

 「僕にはあの連中が兵士であったかどうかは分かりません。でも、将軍には心当たりがあるのですか?」

 樹弘は単刀直入に言った。李志望は少し考えてから口を開いた。

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