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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
101/963

蜉蝣の国~21~

 この時、伯淳は伯国北部の都市、嶺門へ視察に出たていた。

 現在の伯国は緊張状態にある。北の隣国である泉国において真主が即位し、目覚しい復興を遂げていた。伯国と泉国の因縁を考えれば、やがて泉国が伯国に攻め入るのは明確であった。泉国が攻めてくるかもしれないという恐怖心から、伯国では北方に兵力を集中させており、嶺門はその拠点であった。

 夕食の後、伯淳と柳祝は再び馬車に乗り込んだ。今日中に嶺門にたどり着かなければ野宿になってしまうので、先を急ぐことになった。

 「僕は孤児院と衛環しかしらないから、他の土地に行くのが楽しみなんだよ」

 馬車に揺られながら伯淳は実に楽しげに語った。国主となった伯淳であったが、まだ十二歳の少年である。彼に国家の政治などできるはずもなく、思考も言動もまだまだ少年のそれであった。孤児院の頃から伯淳を知る身としては微笑ましく思うのだが、国主であるということを思えばその少年らしさを危ぶむ人もいた。

 『それは伯淳には酷なことだ』

 柳祝から見れば、伯淳に国家の命運を双肩に背負わすのはあまりにも酷のように思えた。伯淳は、先主である伯史の息子なのかもしれないが、一年前までは単なる孤児でしかなかったのである。政治のことなど分かるはずもなかった。

 実際に伯淳は丞相である伊賛の傀儡であるといってもよかった。伯淳自身、国主として自ら政治を行おうという野心がないため、それはそれで問題がないのかもしれない。だが、現在の伯国が直面する危機を考えれば、いつまでも伯淳が無責任な国主であるが許されないだろう。それが柳祝には不安であった。

 がたんと馬車が急に止まった。何事かと窓を開けると、前から騎馬武者が駆けてきた。嶺門を守る将軍李志望の弟李炎である。伯淳護衛の責任を負っている。

 「何事ですか?」

 「流民が道を塞いで物乞いをしております。蹴散らしますのでしばらくお待ちください」

 柳祝は身を乗り出し前を出た。松明を持った流民が道を塞ぐように座り込んでいた。すぐに顔を引っ込めて伯淳の様子を伺った。伯淳も困惑した眼差しで柳祝を見返していた。きっとどう返答すべきか分からないのだろう。

 「お待ちください。差し出がましいようですが、残っている食料を与えてはいかがですか?我らは今夜にも嶺門に到着するのですから、食料はいらないですから……」

 召使如きが言うことではなかった。しかし、ここは柳祝が代わって言わねばならぬような気がした。

 「左様ですな。そのように致しましょう」

 李炎は柳祝の気持ちを察してくれたようだった。

 「すみません。偉そうに申しまして……」

 「いえ、柳祝さんの仰るとおりかと思います。では」

 李炎は騎馬で戻っていった。しばらくして馬車が動き出した。食料を与えられた流民達が道端に寄り、馬車に向かって拝跪していた。

 「これでよかったんだよね」

 伯淳が耳打ちした。

 「そう思います。申し訳ありません。差し出がましいことをしました」

 「ううん。こっちこそありがとう。それにしても僕は不甲斐ない国主だな……」

 伯淳は悔しそうに呟いた。まだ十二歳の少年であるが、決して精神は子供ではない。大人らしい感情を持ち始めている頃合である。きっと自分が国主として期待されていることを感じ、自分がそれに応えられないことを多少歯痒く思っているのだろう。

 「焦る必要はありません。気の優しい法淳ならきっと良き国主になれますわ」

 「それまでは傍に居てね」

 勿論です、と柳祝は答えた。少なくとも伯淳が成人するまでは離れまいと柳祝は心に決めていた。


 馬車は夜道を進んだ。しかし、日がどっぷりと落ちても嶺門の城郭は見えてこなかった。

 「柳祝殿、このまま走るよりも夜営した方がよろしいかと思いますが……」

 馬車を止めて李炎が再び騎馬を寄せてきた。すでに伯淳はわずかに舟を漕いでいた。

 「そうですね。主上もお疲れの様子ですし……」

 伯淳の様子を見るために顔を馬車の中に戻した時であった。風を切るような音がしたかと思ったら、馬車が大いに揺れた。どさりと何かが落下した音と共に、馭者が地面に倒れるのが見えた。ぴくりとも動かない馭者の側頭部には矢が突き刺さっていた。

 「賊だ!馬車をお守りしろ!」

 李炎が剣を抜き、騎馬武者達が伯淳の乗る馬車に周辺に集まってきた。しかし、この行動が伯淳と柳祝の乗っている馬車の馬を興奮させた。馬は嘶き始めると、暴れるようにして走り出した。

 「いかん!」

 李炎が自分の馬から馬車に飛び移ろうとした。だが、わずかに及ばず、馬車は制御する者を失ったまま暴走した。

 「柳祝!怖い!」

 目覚めていた伯淳がぎゅっと柳祝の腕を握った。

 「大丈夫ですわ、主上!」

 伯淳の頭を抱いてやったが、柳祝も誰かに助けて欲しくて泣き出しそうであった。

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