005
「あなたのね、その女慣れしてる感じが嫌なのよ、―――君」
「そうだねー、一応顔は悪くないからねぇ。女の子には困らなかったかな。まぁでも、だいたい“いいんじゃない”くらいしか言わないいからすぐ見きりつけられちゃってたけど」
「あ、もう、最悪じゃんそれっ」
「はは、今更気がついたのかな?」
「ばか、…………ばか」
彼女を後ろから抱き抱えて僕は絵を描いた。彼女が歌った世界を描いた。
「そうだ、いつ、婚姻届、出しに行く?」
「ひぐっ!?」
「あ、ごめん」
彼女はしばらく耳を押さえてうずくまっていた。小さく呻きながら僕の脚の間で小さくなる。その背をゆっくりとなでてやると、落ち着いたのか、見るからに不機嫌そうな彼女が涙目で僕を見上げる。
「…………私も悪かった。急に耳元で大きな声は出さないで、お願い。痛い」
「うん………ごめんね?」
「うー………まだがんがんするー…」
僕は彼女の耳を掌で包み込んだ。あ、それ気持ちいい。彼女が僕に体重を預けた。
「もうちょっと、こうしてて」
目を閉じて、彼女が言う。「あなたはゴッドハンドの持ち主? 私が喜ぶこと、その手で全部してくれる」
「僕はそんなんじゃないよ、ただ、君の気を引きたいだけの、木偶の坊」
「ふふ、ウソつき」
「何とでも?」
彼女は笑った。「もう、いいよ、ありがと」
僕の手をたたき、意思表示をする。
「それで、なんだっけ? 婚姻届かぁ、………ねぇ、実感がわかない」
「えぇ? 君は僕だけの君になるんだよ。それは、その証」
「…………いじわる」
「何が?」
「……………………この、たらし」
彼女が僕の腕を捕まえ、抱きこんだ。いとおしそうに抱きしめられた僕の腕は、少しだけ戸惑って、そして彼女にゆだねられた。
ちょっと休憩だ。
作業を中断する。……彼女の好きなようにさせてやろう。
「ねぇ、胸、あたってるよ」
「あててるのよ」
「ウソでしょ?」
「はいごめんなさい嘘つきましたもうしません」
「はい、いい子、いい子」
彼女はまた少し顔を赤くして、僕の腕をさらに強く抱きしめた。あのさ。僕は苦笑いしながら言う。………君ねぇ。
「地味に胸ないんですね」
「はっ!? Dだし! 十分あるでしょ!! セクハラ!! 反対っ!」
「はいはい分かったから。そろそろ離してくれない?」
彼女の締め付けから解放された僕の腕。少し、まだしびれている。いったん置いた絵筆を握りなおすと、彼女は僕の腕をもう一度押さえ、
向きを変えたかと思えば、僕と正面から向き直った。
「…………………だっこ」
「え?」
「だっこっ」
「あ、はい、どうぞ」
「んっ」
彼女はあたりまえのように膝の上に乗ると僕の肩のあたりに顔を埋め、しばらくして僕の耳の裏に鼻づらを突っ込んだ。
「………かまってよ」
くぐもった声で、言う。耳の裏から、だから、振動がもろに伝わってくるのが何とも言えず面白い。
「かまってるじゃん」
「もっと。さっき言ったでしょ、あなただって。
私があなたのものなら、あなたも、私だけのあなたになるの。だから……もっと、私のこと、かまって」
「……めんどくさいなぁ」
「そういうこと言わない!」
それでも、彼女は楽しそうに言って、「…………ねむい」
なんと、僕の膝の上で、そんなことを言い出した。
「え………先、寝てていいよ?」
「やだ」
「やだっても」
「やだ」
「わかったよ!! 僕も寝ればいいんだね!? 君と一緒に! いいけどきっと襲うよ!?」
彼女はご機嫌そうに僕の耳の裏から顔を出した。僕は、その彼女のお尻の下に腕を差し入れて細い身体を持ち上げる。
「えへへ」
彼女のいいなりになってることは、分かってる。それでも。
それでも、君のこと。
大事にしたいってそう、思うんだ。