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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第十三話 もう一度、その一歩
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063


「おう、御影さん、体調よくなって来てますね」

「あ、本当ですか」

「はい。ずっとよくなってますよ。………何かいいことでもあったんですか?」


 目の前に座る椎野先生がけらけらと笑った。その横顔を見てふと思う。兄姉ってやっぱり似てるなあ。

「……先生」


 呼ぶと、端正な横顔が振り返った。

「はい?」

 先生、“はい?”じゃないです。


「あの、服」

「ああ、はい、どうぞ?」

「ありがとうございます」


 先生から受け取ったセーターに腕を通す。鳥肌が立った腕に、ごわごわした服がくすぐったい―――――。

 素肌だった身体にまとわりつく衣服の感触を感じながら、僕はそっと目を伏せる。


 何かいいことでもあったんですか、か。


 あったよ、先生。


「先生ー」

「なんですか」

「紫苑がね、離乳したんですよ。すごくないですか?」

 先生は微妙な顔をする。


「ゆきこから聞きましたよ。あなた、紫苑がミルクを飲んでくれないーってゆきこになきついたんですって? ……何やってるんですか」

「あ、いや。……それは」

 くっ、知っていたのか。


 下から見上げるように椎野先生の顔をうかがうと、先生とばっちり目が合った。どちらからともなく噴出す。

 涙目になって笑いあったあとで、先生が思い出したように言った。



「笑うようになりましたね、“ちゃんと”」


「……………はい」



 彼女がいなくなってから、二ヶ月がたっていた。

 紫苑は9ヵ月。もともと体が小さくて、成長もほかの子と比べればだいぶ遅いけれど、順調に、大きくなっている。

 さきほど先生と話していたように、紫苑は離乳も果たした。めでたいことだ。ついこの前までミルク大好きだったくせに、今では何でも口の中に入れようとするから、正直困っている。


「ほんとのところは、忙しすぎてもう何にも考えられてないんです」


「ほう」

 そういって、先生が身を乗り出す。僕は脇のベッドの上においておいた紫苑を捕まえて抱き上げ、その頭を軽くなでながら話し続けた。



「紫苑はたぶん今一番大きくなっていく時期だし、もうすぐコンクールもありますし―――――あと、雫の葬式も済ませなくちゃいけなかったですし」


 あと、事故の事後処理もだ。

 裁判を起こし、賠償金とやらをもらうらしいのだが、怒りを抑えるので精一杯でほとんどはなしを聞いていなかった、というのが本音だ。

 どうでもよかった。

 どの賠償金とやらも、はした金だったし―――――――僕が描く、一枚ほどの値段だったし。


 ありがたいことに、やることはたくさんあった。


 腕の中で辺りをきょろきょろと見回す紫苑をあやしながら、考える。

 いまさらかもしれないけど、しつこいなあ、って、思うかもしれないけど、紫苑。



 今ここに、僕のところにいてくれて――――――――………


 ありがとうな。



「紫苑くんは、幸せですよ」

 椎野先生の言葉に、顔を上げた。


 先生は優しく、微笑んでいた。


「大丈夫です。あなたが笑っているだけで、幸せでいられる家族が、ずっとあなたのそばにいます」


 僕も笑う。

 よく言われていたことを思い出した。

 ――――安心するの。『大丈夫だよ』って、あなたが言ってくれるからだよ………



「……はい…っ!」




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