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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第十一話 イキ
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 ずっと、心の中で引っかかっていたことがある。



 主人(かれ)からの、初めての言葉。



 ――――――シオンだけはやめておけ――――――


 結局うやむやになってしまっていたけれども、僕の「どうしてですか?」と言う、その答えはもらえないままでいた。気がついていただろうか?

 本気で今まで、忘れていた。なのに――――………


 彼女が、消えてからだ。


 いきなり、それを思い出した。


 そして一つの気持ちに駆られた。

“たしかめなきゃいけない”“理由を、知りたい”

 愚かかもしれない。そうかもしれない、だけど。



 そんな気持ちで、主人の前に座っていた。


 主人が目を伏せて、そっと、僕の前に湯気の立つ湯呑を置く。僕は微動だにしないまま、前に置かれた湯呑をみる。

 主人は耐えかねたように言った。

「飲んでいいんだぞ」


「あ」


 情けない声が出た。会釈して、湯呑に手を伸ばす。


 あたたかい緑茶が喉を滑り落ちる感覚とともに、泣きたくなるくらいの安心感が全身を包んだ。


 紫苑は目を覚ましたらしく、僕の胸に頬を預けたままきょろきょろと周りを見回していた。軽くゆすると、紫苑は僕を見上げて、そして主人を見上げた。

 主人が頬を緩める。


「この子が」


「…………はい」


 抱いてもいいか。

 聞かれて、紫苑を差し出した。骨ばった腕に抱かれて、紫苑は一瞬嫌そうな顔をしたが素直にその腕の中に収まった。


 紫苑のいなくなった腕を、僕は見る。


 こうして、紫苑もいなくなって。


 そしたら、どうしようか。


 もう、死んだっていいかな。



 僕の視線に気がついたように、主人が顔を上げた。「………あんた」

「どんな顔をしているんだ」


「……………え」

「ひどい顔色をしている。そして、今の顔は、」

 わしぐらいの歳になってからでいい。


 ため息をつくように、彼は言った。


 また、僕は目を伏せる。


「今日は、どうした?」

 聞かれて、かすれた声でそっと「絵具を買いに」と答えた。

「こんな遅い時間にか?」

「…………はい」


「……そうか」



「それで、本当は?」



 紫苑がどこか心配そうに、主人の腕の中から僕を見上げた。

 あ、目、あわせられない。

 薄紫の澄んだ瞳が、なぜか胸にいたくて。


 あれなんで僕、後ろめたさなんか感じてるんだろう。


 心臓が少しだけ、縮みあがった。


「シオンの絵具を買った時――――――覚えてますか? …………あなたが、言ったこと。“シオンだけは、やめておけ”って」


 実際何も考えちゃいなかった。

 放つ言葉に、捨てるような言葉に意味なんか持たせていなかった。


「どうして、そんなことおっしゃったんですか? 何か意味があってそれで―――ですよね?」



 なのに、言ってしまってからなぜか後悔した。ね、どうしてだろうね。

 知ること。

 それがどれだけの痛みを必要とするかなんて、知らないはず無かったのにね。


「聞いたらきっと、お前は後悔するぞ」


 お前が今感じているように、と主人は言う。僕の目を、まっすぐ見つめて。

 後悔するぞ、と。

 そう言う。


 心の中で、もう後悔なんて死ぬほどしてるよ、と言う気持ちと、やっぱりまだ傷つきたくないと言う二つの気持ちがせめぎ合っていた。


 そして僕は、ゆっくりと顔を上げる。


 まだ、迷い続けていたままだった。



「お願いします」



 濁った、目。



「教えてください――――……

 ……――――後悔したってもいい。何を思うことになってもいいから、どうか」



 主人はどこか悲しそうな顔をして、静かにうなずいて、口を開いた。


 僕は迷い続けたままだった。



 

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