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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第十一話 イキ
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054


 椎野先生に紫苑を連れてきてもらって、力いっぱい抱きしめたら。


 やっと、人心地がついた。



「ひとごこち」

 もう人でもない癖によく言ったものだ、と紫苑の肩口のあたりに顔をうずめながら考える。冗談でもない。


 頭の芯がしびれたようになっている。


 なんだか、何も考えられないのはさっきからと同じだけど、胃の底にたまっている不快感は、これどうしたらいいのかな。



 警察官だと言う人が来た。聞いてもいないのに、彼女が死んだ時の状況を話してくれた。

 凄惨な、状況だったらしい。


 腹が立ったのは、その状況下でも「彼女のおかげで」死者がたったのひとりだったことだ。


 負傷者は多かったらしい。飛び散ったガラスや熱風、それらに襲われてわりとひどいけがをした人も―――――。

 雫がすくった命もあったと。

 まだ意識は戻らないが、高校生の女の子で―――――彼女の陰に隠れていたから一命を取り留めたのだと。


 それを聴いて、雫が死んでから初めて感情を持った。


 怒り。


 雫が。雫のおかげで。雫がいたから。



 “彼女”はもう、いないのに。



 膝の上で静かな寝息を立てる紫苑を撫でながら、ただ、彼らの言葉を聞いていた。無表情だったように思う。あまり、記憶はない。

「お会いになりますか」


 ……誰に、ですか?


「その、女の子です。同じ病院内にまだいますよ」

 どうして?

「いえ……どうしても何も」


 彼は困惑した。僕はただ、紫苑を撫でつづけていた。


 彼は息を吸いなおしてから、気を取り直したように「では」と言った。「旦那さんにお会いしたがっている方が、いらっしゃるのですが」

「…………?」

 心当たりはないが。


 何も言わずに首を振った。上げていた目をまた戻して、紫苑を見やる―――紫苑はやっぱり、気持ちよさそうな寝息を立てている。

 ため息をつく。

 別にどうでもいい。


 雫のせいで誰が助かったとかそんなのどうでもいい。


 彼女の代わりに何が世界に残ったかなんて、知りたくもないよ。




 一時外出許可をやっとこさとって、僕は紫苑を前に抱えたまま外に出た。先生には相当文句を言われたけど、僕にはどうしても。

 いけなきゃいけないところが、


 ある。


 聞かなきゃいけないことがある。



 からり、と軽い音がして、僕は薄いガラスの引き戸を開けた。


 奥の方で何やら書きつけをしていた、主人が目を上げる。

「すみません、今日はもう―――――」


 目が、あった。


 主人はゆっくりと目を見開いた。


「…………あんた」



「……ご無沙汰、してます」



 一瞬ののち、主人は目元を厳しくして、そして緩めた。

「たいへんだったな」

 あ、そうか、この人は。


 知っているのか。


 気がつけば、静かにうなずいていた。

「………そこは冷えるでしょう、入りなさい」


 頷くのが、精一杯だった。



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