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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第八話 運命の曲がり角
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036


 いつも、始まりと終わりは唐突だ。


 時々、そんなことを不意に思う。

 その電話も、同じく唐突で、僕たちの運命を大きく変えてしまった。僕たちがした選択を、間違いだとは思わない。もし神様が悪戯心で時間を戻してくれると言っても、僕は―――――僕たちは、きっと、同じ選択をするだろう。


 僕は運命論者ではないけれど。


 どうしても、そう言うモノを感じてしまう時がある。


 僕と彼女が出逢えたのは、まぎれもない運命だ。なら、それならきっと――――――



 僕と彼女が違う道を行くのも、運命だったのだろう。



 § § §



 その電話は、昼過ぎにかかってきた。


 紫苑がおうちにやってきて早くも半月がたっていて、だんだん、僕も彼女も紫苑がいる生活に慣れて来たころだった。

 紫苑は、二ヶ月半になる。


 病院にいた時間が多かったから実感は薄いが、小さくても紫苑はきちんと成長していて、少しずつ大きくなっている。


 そんな紫苑とじゃれていた時だった。


 電話が鳴った。



「あ、いいよ、……くん。私出る」

 思わず身を起しかけた僕を彼女は手を上げて制して、笑う。

「あなたは紫苑と遊んであげてて―――はいもしもしー」


 明るい声で通話を始めた彼女を横目に、僕は紫苑の手を取った。ごろん、と、横に転がり、紫苑を腕の上に乗せてくすぐる。


「何の話してるんだろうねー、ママ」

「…んー?」

「お、声だしたなお前」

「ーん、ん♪」

「何て言ってるか全然分からん……」


 まあ、ともかくご機嫌そうだからいいか。そう思って、僕は紫苑をそっと抱きしめる。


 お日さまの匂いがした。

 抱きしめると、紫苑はますます嬉しそうな声を上げて、僕の胸を軽く蹴った。



 そのかわいいしぐさが不意に、止まる。


「ん? ―――――紫苑?」

 紫苑が、ぐ、っとうつ伏せになったまま、両手を床について首をもたげた―――――実は、これが初めて、紫苑が自分の力で起き上がった瞬間だったのだが、僕は気がつかなかった―――――何かに、耳を澄ませているようにじ、っとどこかを見ている。


 その視線の先には、彼女がいた。



 違和感を覚える。


 少し――……本当に少しだが、彼女の声音が、硬くなっている。



 何の話をしているのだろう?

 通話を始めてから、ずいぶんと時間がたっているのも背を押して、僕は耳を澄ませて彼女の話している声を聞いた。

 声は潜めているのか、細切れにしか聞こえない。

 ただ、彼女がなぜか不機嫌な事は、その押し殺した声からよくわかった。


「………その件は…したはずです……」


「今の私の状態を………すか。………迷惑なんですよ、こっちは忙しいのに………!」



 ぴん、と空気が張り詰める。


 まずいぞ―――――本能的などこかで鋭い警告音が上がり、僕は紫苑の耳に手をのばした。


 一瞬だけ、足りなかった。

 次の瞬間、僕も身をすくめるような―――空気を震わせるほどの、彼女の怒号が響き渡った。



 ふざけないでください―――――――!!!!



 紫苑が、ぎゅう、と身をちぢこませる。その小さな身体をかばうように抱きしめた瞬間、受話器を持った彼女の肢体から、力が抜けるのを僕は見た。

 紫苑が、火がついたように泣きだした。


 起き上がって、紫苑の震える背中をさすりながら、僕は彼女の様子をうかがう。

 彼女はへたり込んだまま、壁に身体を預けて息を整えていた。「大丈夫ですか!?」

 受話器からは、彼女を心配して悲鳴を上げる声が垂れ流されている。



「………紫苑。いい子、いい子だから」


 さすりつづけるその背中の波は、なかなかおさまってはくれなかった。


 彼女が、心配だ。

 何があったかは分からないが、あんな大声を自分で出して、大丈夫なはずがないだろう―――――あの声を、一番近くで聞いたのは紛れもない彼女なのだから。


「…………君」

 うつろな瞳で、彼女が顔を上げた。ぽっかりと空いた紫色の瞳が、その瞳孔が、かすかに震えている。

「……くん」

 すがりつくような、その声。


 代ろうか?

 ……お願い、もう、私……。

 うん、いいよ。任せて? ………相手は誰?


「劇長さん―――――私の、上司」


「ん、分かった」

 何はともあれ、電話を代わる―――――


 そして、僕は電話口で信じられない“お願い”を耳にした。



 電話が代わったと僕が言うと、電話口の劇長さんは、恐ろしくほっとした声を出した。そしてそのまま、何でもないことのようにこう言った。


「奥様に、九月の“ハムレット”のオフィーリア役を、受けてほしいんです―――――お子さんが生まれたばかりで、手が回らないのはわかっています、しかし、そこをなんとか」



 思わず、言葉を失った。


 胸の奥に広がったのは、彼女のような怒りではなく、まぎれもない歓喜だった。



 彼女のオフィーリアが観られる―――――それに僕は純粋な気持ちで、歓喜していた。


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