表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第七話 初めの“にほめ”
36/70

033


 僕の匂いがいいのだと、彼女はどこか得意そうに言う。


「……くんはねぇ、一緒にいるとほんとに気持ちが落ち着いていくの。それが匂いだ―――――って気がついたのは、ついこの間の事」

「ん?」

「入院中ね、不安で仕方がなくて。この原因なんだろうって考えたの、そしたら、あ、そうかなんて思いついてさ。………途中で頼んだでしょ? 入院中だけあなたの枕貸してくれない? って」

「ははは、なんだ、それで」



 紫苑を挟んで、僕の腕の中には彼女がいる。

 床の上での作業が多い僕のために引いた、床暖房がこんなところで、役に立っている。


「………紫苑、寝ちゃったね」

「………んー、そうだね、気持ちよさそう」

「………かわいい」

「………君だってかわいいんだよ」

「………えー、冗談やめてよ」


 僕と彼女と、紫苑の上にかけた、薄い毛布が、いい感じで気持ちよかった。


 もう気がつけば、三時過ぎだ。

 お昼寝なんてどうだろう?

 そんな甘いことを考えながら、僕は静かなまどろみの中で、二人のぬくもりを分けてもらう。



「ねえ……くん、気付いてる?」

 まどろみを打ち破ったのは、彼女の笑いを含んだ声だった。

「――――ん…、何が?」

「実はね、私たち」

「うん」

「お昼食べるの忘れてるんだよ」


 あ、


 ………………確かに。



 § § §



 気がついたとたん、いいようも無いひどい空腹が襲ってきて、僕は眠気でしびれる身体を無理矢理起こした。

 お、と目を上げた彼女と目が合い、僕は照れ笑いを返す。

「……お腹、空かない?」

「やっぱり男の子だねー、そゆとこ」

「……いや、空腹には勝てないよ」


 いや、ほんとに。

 いたって真面目に返す僕に、床に身体を横たえたままの彼女はゆっくりと笑って、紫苑を抱きしめて起き上がった。


「じゃあさ、……くん」

「ん、何?」


「………久しぶりに、二人でご飯作ろうか」


 彼女らしい答えに、僕は微笑む。

「――――そうだね」


 それがいい。



 さくさくと、野菜を切っていく。隣では彼女が鍋の底をかきまわしながら、僕の切った野菜を煮込んでいる。

「……ほい」

 切った野菜を手のひらに握り込んで差し出すと、彼女は場所を開けてくれた。ぽん、とそれも、鍋の中に入れて、僕は肉を切り始める。


「………それにしてもさ、」

「ん?」

「いきなり肉じゃがが食べたいなんてどうしたの」

「んー」


 火加減を見ていた彼女が立ち上がって、あごに手を当てた。

「いやね、病院のごはんでいろんなもの食べたけどさ、なんかね、おいしくないのよねー」

 肉じゃがに意味はないの、

 そう言って、彼女はあごから手を離す。


「ちょっと冷えてるのもあるのかな、なんか食べ物じゃないみたいな」

「………へぇ」


 ちょっと恥ずかしそうに彼女は肩をすくめて、おたまを握りしめる。


「だからだろうなあ、あなたのあったかい味の料理、恋しくなっちゃって」


 はい、そう言われて見下ろすと、彼女が小皿にとった煮汁を僕に差し出していた。

 腰をかがめて飲ませてもらう。………うん。


「……大丈夫?」

「うん、ばっちり」

「よかった」


 切り終わったお肉を鍋の中に入れて、一気に加熱してもらう。お湯で手を洗っていると、彼女が僕の背中に寄り掛かってきた。

「何ですかー」

「……ちょっと休憩」

 はいはい。


 彼女が、僕の背中に額を付けた。

 僕は抵抗せずに、されるがまま、彼女が満足するまでじっとしていた。



 しばらくして、彼女が離れる。

 いつの間にか、外はうす暗くなっていて、時計を見ればもう四時半を回っていた。


 出来上がったごはんをテーブルの上に並べていると、紫苑が起きだして、彼女の事を呼んだ。………呼んだと言っても、小さなうめき声を出しただけなのだが。


「………紫苑、どうしたって?」


 紫苑を抱きあげた彼女は首をかしげる。「………よくわかんない」


 ま、いいか。

 そんな風に言って、彼女はゆっくりと微笑んで、紫苑の背をとんとん、と叩いた。

「パパとママが仲良くしてて、やきもちやいちゃったかな? かわいい奴めー」


「………君」

 ごはん。


 声をかけると、彼女は「はーい」、と、ご機嫌そうな声を出して返事をした。

 紫苑をもう一度、ベットに横たえて、こちらにやってくる。


 では、


 いただきます。



 お箸を指の間にはさんで、丁寧にお辞儀をする彼女を、僕は見ていた。

「……くん、食べないの?」

 僕の視線に気づいて、顔を上げた彼女が問う。


「いや、食べるって」

 その言葉に添えられた、僕の含み笑いの意味に首をかしげて、彼女は両手で包み込んだお椀に視線を戻して、また食べ始める。


 久しぶりだな、と、思っていた。


 やっぱり僕には、彼女がかけた生活は考えられない。


 かけがえのない宝物とともに、彼女が帰ってきた幸運に感謝しつつ、僕も手をあわせて、お箸を握った。

 ………うん、おいしい。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ