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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第六話 「君」との出逢い
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 新生児室の前。彼女の吐いた息で、ふわりとガラスが白く曇る。

「やっぱりちっちゃいねぇ……………」

 赤らんだ顔のまま、彼女がじっと視線を向けながら発した言葉。その視線の先には、僕らの王子様がいる。


 まぎれもない、宝物。

 他の子とも比べてたってまだ小さい彼は、ゆっくりと、確かに生きている。



「 」

 名前を呼ぶと、彼女は「ん?」と首をかしげながら振り返った。そのカーディガンの裾を直す。彼女は少しだけ恥ずかしそうにして、

「ありがとう」

 と、


 やっぱり、小さな声で呟いた。


「君」

「なに?」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

「ほんとに?」

「ほんとに」


 紫苑を見つめたまま交わすその会話が、とてもあたたくて心地よかった。不安でしょうがなかった昨日の夜が、独りに戻りたくないと祈ったあの夜が、もうあたたかい思い出に変わっていくのを感じた。

 幸せだった。

 「君」に出逢えた奇跡が、「君」を迎え入れた運命が、


 間違っていなかったと証明できる。


 君でよかった。

 僕と時間を重ねるのが君でよかった―――――



 § § §



 僕の提案で、気分転換に、と彼女とともに散歩に出かけた中庭には、うっすらと雪が積もっていた。

 ちなみに今も降っている。

 凍りそうに寒いけれど、彼女はなんだかその寒ささえ嬉しそうだ。

「ねえ…くん」

 何?

「…………寒いねっ」

 うん、そうだね。

 全然君寒そうに見えないけどね。

 そう言うと、彼女はますますご機嫌そうに笑った。

「私は寒くないよ。だって私今体温38度くらいだもん――――あ、大丈夫だよ?」

 思わず顔をしかめた僕に言い訳をするように彼女は手を振った。


「大丈夫。だってただ身体の表面温度が上がってるだけだもん」


「それってさ」

「うん」

「熱でてるってことだよね?」

「………うん」

 それでも、と彼女はどんづまりの空を見上げて目を閉じた。火照った頬に雪がひとひら舞い降りてふわりと溶けた。


「今はあなたの隣で息吸っていたい。冷たくて気持ちいいこの世界の」


 ゆっくりと開かれた、紫がかった大きな瞳が僕をつかまえる。澄み切った美しい色だった。

 溶けていく雪のように、彼女はふわりと相好を崩した。


「身体軽いなあ、やっぱり紫苑重かったや」


「…………くん?」



 ふと、彼女の不思議そうな声に我に返った。「どうしたの?」

「まだ、哀しい?」

 あ、いや。

「そんなんじゃないよ」


「ただ君って本当にきれいだななんて思ってさ」


 彼女は今日一番の真っ赤な顔をした。「な、なにいきなりっ、……くん変だよっ、絶対変っ! だっていっつもこんなこと言ってくれないもんっ」

 えー。

 いや、いつも心の中では思ってるんだけどね?

「今日のあなたは変っ!!」

 そんなに変かな。


 まあ、いいや。君が楽しそうにしてくれるならそれでいい。


 彼女の手に、僕の冷え切った手を重ねた。彼女は気持ちよさそうに目を細め、僕の手を握り返す。

「………つめたい」

「………君があったかすぎるんだよ」

「………ふふふ、いいよなんでも」


 雪は降り続いている。


 はらはらと落ちては消えるその雪のかけらに、彼女は何かを思い出したかのように言った。

 ねえ……くん。

 ん、何?



「…………―――好き」



 彼女が僕をこわごわと見上げた。僕はそうとう変な顔をしていたのか、彼女は眉を下げて泣き笑いのような表情になった。

 あまりの不意打ちにびっくりした。

 それと同時にどうしようもなく不思議に思って―――――あぁ、と気がついた。


 今日は何の日?


 2月14日。

 バレンタインデー………――か。


 なんだ、そんなこと。それなら、


「愛してる」


 彼女は目を見開いた。僕だって驚いた。こんな言葉が自分の口から出るなんて思っていなかった。また一人心の中で呟くものだと、

 思っていた。

 彼女の顔がゆがむ。でもその歪みはどこか美しくて。


 一瞬ののち、彼女はまた笑顔を取り戻した。舞い散る雪の中で彼女は笑う。

「静かだね」

「いつもと変わりないけど」

「なんでだろう、聞こえないよ―――汚い音、全部」


 それならいい。君がこの世界で精一杯息を吸えるなら、その世界を信じていればいい。


 のびやかに流れ出した、久しぶりの彼女の歌声に目を閉じて、全身を預けた。

 あとでチョコでも買ってきてあげようかな。

 切り裂くような、冷たい外気も今は心地いい。もう少し、このまま―――――



 この時間がいつまでも続けばいいと思った。


 それさえあれば何もいらないと思った。


 本気でそう思っていた。


 手の中にある幸せが全てで、君の音色がすべてだと――――――



 僕は、思っていた。



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