022
彼女は、それからまもなく起き上がれるようになった。
十月の、もう半ば。
寒がりの僕に合わせてもう暖房が入っているこの部屋は暖かく、心地いい。
ゆっくりと息を吐き、出来上がった作品をざっと雑巾でぬぐった。
………よし。大丈夫、ちゃんと乾いてるな。
「………君」
僕の腰に顔を埋めて、眠っている彼女を優しく叩く。少し呻いて、彼女は目を覚ました。
「………ん…?」
「ね、君、少し昼寝多くなったよね。大丈夫?」
「…んー」
「こら。もう一度寝ようとしない」
「………ん」
別に気分が悪いわけじゃないよ。
寝ぼけ声で彼女はそう言った。その髪を軽く撫でると彼女はご機嫌そうに笑って僕の腰から顔を離した。
「……くんー」
「んー何ですー?」
「今何時ー?」
「もう七時ですが」
彼女はえ、と目を見開いた。
「ほんと?」
「ほんと」
「あらら」
あららじゃないですよ。そっと彼女の髪をいじりながら僕は呟く。あらら、って思ってるのはこっちですよー。
彼女はしばらく僕の周りでごろごろと転がっていた。そして起き上がり、僕の肩にあごをのっけて僕の手元を覗き込んだ。
「何描いてたの? ……おー、久しぶり、よくわかんない絵だ」
そんな彼女の言葉に僕はあの日を思い出して苦笑する。
「抽象画ね」
「うん」
抽象画とは、自分が見たもの、感じたものをそのままパレッドに描き出した絵の事だ。つまり、インスピレーション勝負。僕が一番得意とする分野―――――高校生の時、人生を変える転機となった分野だ。
「何描いたの?」
「さあ、何でしょう」
まあ、本人の印象なので、他人にはなかなか理解してもらえない。ちなみに、僕の抽象のモチーフを見つけられたのはまだ、いない。
「んー」
彼女はしばらくうなりながら考えていた。分かってもらえるとは期待していなかったけど、少しだけこの時間が楽しく感じた。
「………分かった、紫苑でしょ」
「………………正解」
思わず、どきりとした。まさか、言いあてられるとは思っていなかった。
「……どうして分かったの?」
「だって、私紫苑見たことないけどさ、薄紫色、何でしょう?」
当然のように彼女は言う。それに、と言葉をつづけて。
「何か、あったかい感じがしたから」
彼女の柔らかい声が耳元ではじける。僕は目を伏せて、いましがた自分が描いたばかりの絵を見た。
あったかい感じねえ………
「まあ、でも。これはすぐ外出しちゃうから。今月の、ノルマはこれで終わり」
「あ、お仕事だったんだ」
「うん、まあね」
今月分、今日だけで終わったけど。
「と、言うわけで」
「ご飯作ってないよ?」
「マジですか」
マジです。応えると、じゃあ、と彼女は言った。
「作りますか」
久しぶりに二人並んで夕食を作った。
ごはんを食べられたのは一時間ほど後だったけど、おいしくて、仕方がなかった。




