020
彼女の隣でまた、世界を描いていた。
彼女はお腹にものが入ったら眠くなってしまったらしく、ついさっきから僕の服の裾をつかんだまま、眠ってしまっている。
音のない世界で、かすかに僕の鉛筆の、カリカリという音だけが響く。
…………なんか出来がいいな。
色を塗ろうとして、気が付いた。
「あ、やば」
水彩絵の具、この前白切らしちゃったんだよなー………忘れてたよ。
どうしよう。
別に白がなくたってかけないことはない………だけど、この絵は白を使いたい。ぜひもなく、だ。
顎に手を当てて考えた。油彩にするにしても、今の彼女にあんましきついにおいをかがしたくない。………ならば。
「しょうが、ないか」
よし。
久しぶりの、外出だ。
§ § §
「………………………」
久しぶりに出た外界があまりにもうるさすぎて、言葉を失う僕だった。
これは…………―――――
彼女が嫌になってしまうのも、わかるかもしれない。だってこれは、
僕でも、うるさい。
最近彼女の音に慣れすぎた僕は目を閉じ、頭をかいた。あー………
さっさと画材買って帰ろう。
九月が終わる、少し冷たくなった風に襟を立てて僕は、歩く。
その画材屋さんは、僕がお気に入りで、よく買い足しに使わせてもらっているお店だ。
「………こんにちは」
その主人は、僕を一瞥して、鼻を鳴らす。
「お久しぶりです。ちょっと、買いに来ました」
聞かれていないのにそんな事を言うのは、このお店がそういう所だからだ。主人は僕がどんなに愛想をつくしたところで返事をしてくれるわけでもないんだけれども、それでも僕はこの店のこの習慣が嫌いじゃない。
やはり久しぶりに来た店内は絵具の匂いで満ちていた。
嗅ぎなれたこの匂いに、僕ははにかんだ。この匂いはなんだか好きだ。
少しテンションがあがっていた。
それは、久しぶりの外出だということもあるかもしれないし、この店に来られたことかもしれないし、たんに画材を選ぶという作業そのものがうれしくてたまらなかったのかもしれない。
内心にやけながら僕は水彩絵の具の棚に指を滑らせる。
そして僕は―――――――
ぴたり、と。
手を、止めた。
胸は自然に高鳴っていて、どこか、彼女と初めて出逢った時のその感覚と似ているような、そんな気がした。
だからかもしれない。
こく、と少しだけ僕は生唾を飲み込んで、それを手に取った。
それは、一本の、チューブ絵具だ。
なんてことの無い、ただの。
チューブ絵具だ。
「―――………シオン…………」
そして僕は。
その、チューブに書かれた色の名前を、そっと口に出した。




