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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第四話 君からもらったもの
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019


 食べ物って、ほんとにすごいらしい。


 少しずつ食べられるようになって、彼女は少しずつ回復していった。長い一ヶ月間だったなあ、と思えるのも今、やっと落ち着いてきたからだ。


「……くんの料理、あったかい。あなたの料理、おとうさんのよりも好きかも」

 聞けば、お義父さんはイタリアンシェフだったらしい。

「お父さんの料理、濃いんだもん……あんなの、太っちゃうよ」

「君はむしろ太った方がいいと思うんだけど……」

「………それセクハラって言うんだよ?」

「ち、ちがっ……! 僕は単純に君を心配して……!」

「ふふ、わかってるよ。大丈夫、からかってみただけ」


 ベッドの上で、彼女は笑って僕の手をもてあそんだ。

 あーあ。そんなわざとらしいため息をついて。


「もうやだなー……、あなたって知れば知るほどいい人でさ」


「もう離れらんないよ」



「離れなかったらいいんじゃない?」

 僕が言うと、彼女は「え」と目を丸くした。

「君が僕から離れない限り、僕はどこにも行かないよ? ちゃんと、ここにいる」


 ぱちぱちとその瞳が瞬かれた。


「………ほんとう?」

「うん、君が離れて行ってしまっても、僕はここにいる」

「ついてきてはくれないんだ」

 苦笑する。そんな僕に、彼女はますます目を瞬かせる。

 だって。



「僕もどこかにいっちゃったら、君は帰ってこられないでしょう」



 あ、そうか。

 と、彼女はいやに納得したそうだった。それもそうだね、と歌うように呟き、実際に次の瞬間には歌いだしていた。


「~♪」


 ご機嫌そうな横顔を眺めながら、僕は彼女の髪を撫でる。今日も、ちょっとだるい程度で大丈夫そうだ、と自分で言っていたし。

「それ、何の曲?」

「ピアノソナタ。“愛の夢”って言うんだよ」

「ふーん」


 いい曲だ。後で音源を聴いてみよう。

「お昼、食べられそう?」

 彼女はまた僕を見つめて、うん、と元気にうなずいた。

 じゃあさ、と僕はポケットからゴムと櫛を出す。

「よろしくお願いします」

「喜んで」


 起き上がるのを背を支え、手伝う。ぱ、と目があって、彼女と僕は小さな声で笑いあう。

 広げた腿の間に自分の身体を預けたら、さあ、開始だ。


 この前はあんなに嫌だったのに、結構、これはいい。

 髪を切ろうかと考えたのも、やめた。こっちの方が楽だし、それに―――――


 結んでもらうのも醍醐味、でしょう?


 他人に頭を―――――自分の最大の弱点を預ける。これって相手を信用しているから出来ることであって、ものすごく、

 安心する。


 彼女が僕によく髪を触らせたがるのも分かる気がする。

 確かに、気持ちいい。


「お」

 なんかいつもと違うな。

 不思議な顔をした僕に、彼女は笑ってこう言った。


「少しだけ結ぶ位置、高くしてみたの。ポニーテール出来るくらいの長さになったからね。

 ………こっちの方が多分、楽だよ」


「おー」

 ぶんぶんと首を振ってみた。ぱさぱさと軽い音を立てて髪が揺れる。

 ………いいな。これ、やっぱ。


 振り返って彼女に笑いかけた。彼女は僕の頭に手をぽん、と載せて顔を近づけてきた。

 鼻が触れあう。

 ……君の匂いだ。



「じゃあ、ごはん、作ってくるね? ちょっと、横なってて」

 僕がささやくと、彼女は目を細めてうん、と素直にうなずいた。

 よし。

「あとちょっとで悪阻も終わってくれると思うから、少しだけ、辛抱、だね」

「だから私は悪阻嫌じゃないって」

「そうだったそうだった」


 もう少しで、この子も四カ月だ。


 楽しみだねえ。

 そんな風に呟くと、彼女もふわりと笑ってうん、と。


 いつもと同じように微笑んだ。



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