018
「プ―アル茶」
「ぷ、ぷーさん?」
違う違う。珍しく聞き間違いなんかした彼女はやっぱり体調が悪いみたいだ。
「プ―アル茶」
ひとつひとつ音を区切るように言い聞かせた。
「お茶の種類の一つだよ。ほら、アールグレイ、って言ったら分かるでしょ、それと同じことだよ。それを牛乳で煮たてて、生姜をちょこっとだけ入れたの」
「あんまし匂いきついとあれかな、って思ってちょっと心配だったんだけど……大丈夫だった?」
彼女はゆっくりと微笑んで、頷いた。
「おいしかったよ。………あったかい味がした」
それはよかった。
彼女はしばらく微笑みながらベットの上で手をこちょこちょと動かしていた。
「………あなたは」
「うん?」
「料理、好きなの?」
うーん…――――
「好き、って言うか……ただ、自分が外、出たくなくてさ、そしたら生きるために食べなきゃダメじゃんか。だから仕方なくやってたから……まあ、得意」
そっか。なんて呟いて、彼女は横になろうとした。背に軽く手を当てて手伝うと、彼女は肩をすくめて笑って、「ありがとう」とかすれ声で言った。
「………つらい?」
「…………ちょっと、やばいかも」
腕をさする。
「大丈夫」
彼女は少し震えて、僕の手を捕まえた。
「………―――――うるさい―――……」
彼女が一度、言った事がある。
世界の全ては雑音だ、って。
―――――――ちゃんとした音なんて、ないよ。そんなの、ただの幻想だよ。せっかくきれいな音、見つけてもそれはすぐ周りの音にかき消されちゃう………そんな世界なんて、そう、思うよ。
でも。
「大丈夫、世界は汚くなんてない。うるさくないよ」
君が僕に教えてくれた世界は、汚くなんてなかった。ただ、綺麗な音が混ざり合って、確かに、笑っていた。
それは君が歌った世界だ。
だから、僕は知ってる。
君は、世界が美しい事、もう知ってる。
だから大丈夫。
僕が描いた世界は思わぬところで見つけた君に歓喜して。
ほら、君に歌いかけているでしょう?
彼女の呼吸が落ち着いていく。握りしめられた僕の掌はゆっくりと解かれ、もう一度、包み込まれていく。
そっと汗ばんだ肌に触れた。彼女は薄眼を開けて、息を吐いた。
「あなたは、どんな世界が見えてるの?」
「………ん?」
「こわくなる。……いつかこの世界が揺らいで、消えていくんじゃないかって。あまりに今、私に聞こえてる世界は儚くて、もろいから」
彼女はどこか遠くを見つめながら言った。
その髪をすくうように撫でながら、僕は言葉を探す。
大丈夫。
「…消えないよ、大丈夫。世界が消えても、また、作ればいい。そばにいるよ」
こんな無責任に言っていいものか、わからないけど。
なんとでもなるよ。
彼女は僕の掌に頬をつけて、目を閉じた。優しくあごの下をくすぐると、少しはにかんで、彼女は「くすぐったい」と首をすくめた。
「もう………冗談混ぜないでよ、私真剣なのに」
「あんまし真剣になりすぎるのもよくないよ、大丈夫。……大丈夫」
「………そうかな」
「そう、だよ」
彼女はゆっくりと目を見開いた。
大きな紫がかった瞳が、じ、っと僕を見つめる。
その耳を包み込んだ。
ほら、聞こえない―――――聴こえない。
挟みこんだ柔らかい女の子の肌を壊さないように、包む。
彼女の目が眇められた。
「………もう、苦しくないよ。ありがとう」
ふわりと笑って、また彼女はなぜか、透き通った雫を一粒、こぼした。
「ありがとう」
ありがとう。
僕は笑った。
「どういたしまして」




