015
「いただきます」
二人で手を合わせ、声を重ねる。引っ張り出してきたちゃぶ台の向かい側に座った彼女は、ご機嫌そうにお箸を構えた。
「いっただきます♪」
「君、それ二回目だよ」
「いーの。何度でも言いたいもん」
「はいはい、もうわかったから」
じゃあ、いただきます。三回目のいただきますを言った彼女は、箸でつまんだ「それ」を口に含んだ。
「んーっ!!」
………かわいいなあ。
足をばたつかせて喜びを表現する彼女を、僕はちゃぶ台に肘をついて眺める。
「これ、なんていうの?」
彼女が顔を上げ、僕を見た。紫がかった大きな瞳は少し濡れていて、まだ体調は悪そうだけど。
こんな顔、久しぶりだ。
無邪気な笑顔に、ちょっとやられそうになる。
「ん? 胡桃餅。これならおなかにもたまるし甘いから食欲なくても食べやすいでしょ」
「………ほんとにおいしい」
「いや、誰も君の感想に疑いなんて持ってないよ」
照れ隠しのようにそういうと、彼女は目を伏せ、微笑んだ。その視界のなかには、僕が作ったごはんがある。
「………ありがとうね」
そして不意に、つぶやいた。
「いろいろ迷惑かけたよね………なのにこんな、ありがとう。私は何も返せないけど………それでも……」
「私、頑張るから」
手を伸ばしてその小さな頭に触れた。そっと抱き寄せた身体は、やっぱり微熱をはらんだままだ。
「大丈夫」
そうささやくと、彼女はゆっくりと目を閉じた。
肩からふっと力が抜けたのを確認し、僕は柔らかく彼女に触れたまま、餅を口に含む。
うん。おいしい。
胡桃餅は、本当の両親に教えてもらった数少ない料理の一つだ。
別に特別な思い入れがあるわけじゃないけど、普通に好きだ。
だっておいしいじゃん。
まあでも…………なんてね。
「大丈夫」
なんの根拠も理由も無いけど。
辛いときはいつもこれ食べて必死に耐えてきた。大丈夫、そう呟きながら、必死に。でも今は独りじゃないから―――――、今は、二人でいるから。
大丈夫。
今はただ、そう思ってる。




