表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第三話 響く音の色
17/70

014


「……………え」


 診察室を出たら、ドアの前のベンチの上で、彼女が熟睡していた。


「……まじ、ですか」

 まじみたいだった。



 ………………

 なんだかんだ言いつつ、彼女を背負って動くことが多いような気がする。結局、僕も男だ、っていうことか。そう思い直して僕は苦笑して、彼女の身体を背負いなおした。

 あと、ちょっと。

 心の中で自身を鼓舞し、ゆきこ先生の言葉を反芻する。



「奥さんは体重が四十二キロ―――――でしたっけ? ずいぶんと軽いですね」

「ええ―――というか、普通に食事とかは取ってると思うんですけどね………ほんとに、ほっそいんです、彼女」

「体重が軽すぎていい事は何もありませんよ」

 言いきった。僕も人の事を言えないぐらいの体重なので、う、と言葉に詰まる。

「赤ちゃんを産むとなったらもっとです。―――おそらく、お子さんは低体重出生児になるでしょうね」


 て、て―――――?


「ていたいじゅうしゅっしょうじ、です」


「お堅い名前はついていますがなに、ただ適正体重よりほんの少し、小さく生まれてきてしまう赤ちゃんたちの事ですよ。何らかのトラブルがなければ2,500グラム前後で生まれてきます―――あ、

心配することはありませんよ」

 僕の表情を見て、先生はあわてたように手を顔の前でぶんぶんと振って見せた。

「普通は九歳までに他の子たちに成長は追い付きます。…………分かってますよ、そういうことじゃないんですよね」


「大丈夫です」


 明るい瞳が僕を強く見つめた。


「私が、全力で、サポートします」



 ………ありがたいことだ。

 またずり落ちてきてしまった彼女の身体をぐい、と引き上げて僕は嘆息した。こんなにも―――――こんなにも、僕の事を考えてくれる赤の他人(・・・・)がいるなんて。


 正直、僕には今まで「誰も」いなかった。


 そう、いなかった。


 全ては、「群衆」というモノ、でしかなかった。それが今、大切な人が出来て、僕たちの事を考えてくれる人がいて。

 なんて、幸せなんだろう。

 君がいたから、僕はこんなにもたくさんの事を知ることができた。今だって、毎日が新しい事だらけで、新しい音色、ばかりで、


 世界が違って、見える。


 だから僕は、こんな世界を、(えが)くことができる。



 彼女がやっと目を覚ましたのは十七時過ぎだった。

 柔らかい音がして、彼女の腕が僕の胴に回る。

「う、わっと」

 フライパンの柄を握っていた僕は思わず声をもらした。………びっくりさせないで下さいよー……もう。

「なに、どうしたの」

 むにゃむにゃと彼女は意味不明の言葉を発した。ぎゅう、とまた一層、腕の締め付けが強くなる。


「うん、わかった、わかったから」


 火を止めて、彼女に向き直った。ぐい、っと引き寄せると、彼女はご機嫌そうに僕の胸に顔を埋めた。

「………ねむい」

「うん、知ってた」

「……くん」

「ん?」


「大好き」


 小さく息を吐いた彼女の頭をゆっくりと撫でた。


「うん。知ってた」

 一瞬の沈黙の後、彼女は僕の胸から額を離した。「何つくってたの? ………あなたって家事、出来たけ」

 失敬な。出来ますよ。

「……ふふ。なんだかんだ言ってあなたのごはん食べるの初めてだね。楽しみにしてる」

「じゃあそろそろ腕、離してくれないかなぁ。作業ができなくて、困ってるんですけど」


 彼女は息をもらすように笑った。少しだけ紫がかった大きな瞳。熱を帯びて、僕を見上げている。


 う。

 やっぱり、僕はこの目に弱い。


 のけぞるようにして僕が彼女から距離を置こうとしていると、彼女は唐突に―――――


 僕から身体を離した。


「ごめん」

 そうはいうけど、彼女の眼は笑ったままだ。


「もうちょっと、寝てていいかな………ごはんできたら、お願い、呼んで」


「…………う、うん……分かった」

 大丈夫? なんて言うか、流れでそう聞くと、彼女は笑った。


「ありがとう」



 あ、まあ………どう、いたしまして?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ