オンバルル(5)
魔術によって縛られその動きを制御された黒き鳥たち。丸焼きにしてやっても良いが、報告書を作成する際に事務員どもに突っつかれるかもしれない。動物愛護なんて反吐が出るが、それで査定が下がるというのならある程度の配慮が必要だ。殺すことでしか相手を屈服できないのかと見られるのは癪でもある。
オージアスに一斉に襲いかかってきた黒き鳥たちは、魔術による支配を受けている。ならばより上位の術によって支配下に置けば、こちらを攻撃することはなくなる。黒き鳥たちを取り巻く魔術の状況を素早く察知したオージアスは、より強力で美麗な術式によって、敵方の魔術師の支配を完全に一掃した。黒き鳥たちは急に方向転換し、てんでばらばらの方向へと逃げ去っていった。
鳥たちでいっぱいだった広場は一瞬にして見通しが良くなった。天幕を出入りしていた男女は、突然のことで呆気に取られたようだった。そして漸く、オージアスとアミの姿に気付く。
「誰だお前らは!?」
「英雄派遣会社から派遣されてきたオージアスというものだ。命が惜しくば投降したまえ。力試しがしたいというのなら、お相手するが、命の保証はできないな」
「何を世迷言を……。死ね!」
あからさまな殺意を向けてきたその盗掘者たちを、オージアスは憐れんだ。実力差も計れぬほどの未熟者たち。オージアスは周辺の空気を操作し、気圧を変化させた。局所的に酸素不足に陥った敵はバタバタと気絶していった。およそ魔術の知識がなければ問答無用で薙ぎ倒す風の術式だが、見た目が地味なわりに結構な魔力を必要とする。大気圧に抗って低い気圧を維持するのは結構な荒業なのだ。風の刃で首でも刎ねたほうがよほど小さな魔力で戦果を挙げられる。
オージアスは肩を回しながら天幕に近付いた。また数人、武装した男が飛び出してきたが、手から火焔を放射して怯ませた後、近くに落ちてあった石を投げた。魔力で強化された石は男たちの顔面を潰し、意識を飛ばした。オージアスは欠伸混じりに天幕の一部分を破り、中に侵入する。
天幕の中には一人の女がいた。即席の椅子に腰掛け、脇に巨大な水晶玉を抱えている。オージアスはその水晶玉に危険な匂いを感じた。相当な量の呪力を込められている。一年二年の話ではない。もっと長年の間、絶え間なく呪力を注入されたような、圧倒的な禍々しさがある。
「名前を聞いておこうか、魔術師――いや、呪術師かな?」
「わたしの名前なんかに興味ないでしょ、英雄さん」
女は黒く塗りたくった唇を艶めかしく動かし、女性にしては低い声で言った。
「わたしの可愛い鳥たちを解放してくれたみたいね。あの子たち、いったいどれだけカネを払って手に入れたか、知ってる? 金をちょっとくすねたくらいじゃ賄いきれないわよ」
「知ったことではない。大人しく投降したまえ。吾輩と戦うことになれば、ちょっとした赤字なんて可愛く思えるほどの苦痛が待っているぞ」
「さすが英雄派遣会社の英雄さんね。大した自信」
「戦う気かね?」
「どうして欲しい? あなたほどの実力者ならとっくに気付いてるんでしょ、これに……」
女が水晶玉を掲げる。このときオージアスは気付いた。女の水晶玉を扱う手つきが慣れていない。この女は水晶玉の真なる遣い手ではない。これの本当の持ち主は別にいる。危険だ。オージアスは少々焦った。
「きみ、ちゃんと説明は受けているのかね」
「何が?」
「それは非常に危険な代物だぞ。強力な武器になり得るが、同時に、使用者を地獄の淵に叩き落とす凶悪なモノでもある」
「脅してるの? ふふん、それってあなたがこれに怯えてる証拠ね……」
「馬鹿な女だ」
オージアスは舌打ちした。下手に手出ししたら、水晶玉の呪力が暴発し、一挙に女を殺しかねない。にじり寄ろうとするが、女が水晶玉を高く持ち上げ、見せつけるようにした。オージアスは冷や汗をかいた。
まともに水晶玉の呪力をぶつけられても、オージアスならば何ということはなかった。だがそのとき、女はその諸刃の刃によって深刻なダメージを負うだろう。死ぬ可能性が高い。もしオージアスがB級英雄ではなく、D級やE級なら、命の危険に晒されたと言って、女を死なせても問題にはならないだろうが、オージアスは派遣英雄として最高水準の能力を持つとされている。水晶玉の呪力がオージアスの命を脅かしているとは、とても言えない。こんな状況で相手を死なせるようなことになれば、報告の際に査定が落ちる。
そうだ、査定だ……。全ては査定が重要だ。前回の仕事で査定がイマイチだったからこんなしょうもない依頼を任せられるようになった。最高の成果を残し続けることができれば、自分の希望するような仕事も回してもらえるようになる。今のオージアスにはそれしか頭になかった。
「くっ」
オージアスが怯んだのを見て女が愉快そうにした。そのとき一陣の風が天幕の中に入り込んだ。
「いつっ!」
女が短く悲鳴を上げる。女の手首に小さな弓矢が突き刺さっていた。水晶玉を取り落とす。
オージアスは素早く走り込んで、水晶玉が落ちる前に受け止めた。女が歯を剥き出しにして奪い返そうとしたが、伸ばした手にまた矢が突き刺さった。今度は小さな矢ではなく、彼女の躰を吹き飛ばすほどの大矢だった。
「あああああっ!」
あまりの痛みに絶叫した女の前に、アミが現れた。彼女は弓矢を構えたままオージアスに近づく。
「すみません、オージアス様。彼女があまりに無防備だったもので撃ってしまいました。まずかったですか……?」
「いや。しかしきみもなかなか大胆なことをするな。この水晶玉に込められた呪力が解放されたら、この森全体が吹き飛んでいたかもしれないというのに」
「えっ」
アミが固まった。
「そ、それって、そんなに危険なものだったんですか!?」
「まあな……。吾輩はかすり傷程度で済んだだろうが、きみや小人たちは漏れなく死んでいただろうな」
本当はオージアスがその呪力を抑えることは可能だったが、脅しておいた。アミは青褪め、ぶるぶる震える。
「そ、そんな! 私、とんでもないことを……。これがばれたら、また師匠にどやされる……」
あまりに狼狽えているので、さすがに気の毒になったオージアスが呼びかける。
「おい、結果的にはこうして無事だったのだ、そう気にするな。それより、この女は一団の首魁ではないな。ボスは別にいる」
「そ、そうなんですか?」
「吾輩の尋問に協力したまえ。と、その前に、そこの痛みにのたうち回っている女を寝かしつけてやるか」
オージアスが合図すると、女は卒倒した。よくよく観察すれば、この女には魔術の素養が全くない。実力のわりに随分と重要なモノを任せられていたものだ。首魁の恋人か何かだろうか。
「アミ、その辺に転がっている男を一人叩き起こしてくれ。尋問をする」
「い、痛めつけたりはしませんよね? 社の細則に違反するようなことは……」
「きみに言われなくとも弁えている。尋問をすると言っただろう。拷問ではない」
「はい。失礼しましたっ」
アミが一人の頬をぺちぺち叩き起こす。それからオージアスの尋問が始まった。尋問と言っても、質問をして、オージアスが心の中を覗き込むだけで、全て終わった。それによれば、彼らの首魁は金鉱山に乗り込み、今頃ナマの金を切り出しているとのことだ。
「それはありえない」
いつの間にか小人たちが近くまで来ていた。顰め面の小人が述べる。
「金鉱山は仲間が常に監視している。もし誰かが立ち入ったとなれば、報せがくるはずだ」
「そうかね? その仲間とやらが全員殺されていてもちゃんと報せが入ってくるようにはなっているのか」
「何を……!」
「吾輩の見立てでは、それくらいのことはできる連中だ。狡猾で、大胆。貪欲でもある。金鉱山のみならず、きみたちが所有している金さえも根こそぎ奪い取ろうと、わざわざ密林の中にいるきみたちを襲ってきたわけだ」
オージアスは決然と言う。
「とにかく金鉱山に向かおう。案内してくれるかね」
小人たちは仏頂面だった。それでも素早く移動を開始する。敵を全員縛り上げた後、オージアスとアミは再び密林の中を移動し、金鉱山へと向かった。




