依頼人登場
依頼人のオルマ氏から正式な取材許可を貰ったのは、この案件が全て収束してからのことだった。本国セントラの政務官の一人であるオルマ氏には、この一件を公にしても良いのかどうか、判断するだけの立場になかった。しかしわたしは記事にできなくともいいから一緒に話を聞かせて貰いたいとしつこく迫った。
押しに弱いオルマ氏は、私の熱意に負けて、契約交渉の場にわたしが同席することを許可した。わたしはセントラ国に乗り込んで直々に取材交渉をする覚悟が定まっていたし、最悪、記事にできなくとも、この英雄派遣会社の実態を理解する上では、一つの案件を深く探ることが最も手っ取り早いと感じていた。
「我がセントラは森深きエーメルの地に広大な国土を誇る魔導国家です」
と、オルマ氏は述べる。
「人口は約500万。王都オラム=セントラは、様々な地域から魔導の技を学ぼうと訪れた学生で賑わい、頭の冴えに効果があると言われるミサドの実は土産物として定番です。ミサドの実は殻ごと砂糖漬けにすると一年以上腐らないとあって、遠国から訪れた学生さんには特に人気ですね」
最初はとりとめのない話だった。オルマ氏がいかに故郷を愛しているかがうかがえる話だったが、特に内容がない。自然が美しいだの、水が綺麗だの、美人が多いだの、そういった自国の自慢話がしばらく続いた。
話の核心に入ったのは二十分ほど後のことだった。
「――しかしそんな我が国に、突如として災厄が降りかかったのです。忘れもしません、穏やかな春の夕暮れ、私は午睡から目覚め、中庭に降り立ちました。その日は特に片付けるべき政務もなく、のんびりとした時間を過ごしていたのですが……、中庭に降り立った人々が空を指差して口々に言っているのです。太陽が降りてこないと」
わたしは持参のメモ帳に自動書記がなされているか目で追いながら話を聞いていたが、思わず顔を持ち上げた。
「太陽が? 白夜ですか?」
「いえ。白夜ではありません。太陽が最も高い位置から全く動かないのです。私が初めて見たとき、時刻は夜でした。それなのに外は全く明るく、日差しの強さも昼と変わりません」
それに。オルマ氏は困り果てたように言う。
「半年間も続く白夜がありますか? 我がセントラは第27星の中緯度地域ですよ?」
「第27星、ですか」
全世界の盟主たるオランデアが君臨する星を第1星、以後オランデアが発見した順番に文明星に番号を付けていくオランデア式の表記が世界標準となって久しい。オランデアの勢力圏に入った星々は、個々の独自の言語や文化、習俗、風土を保護されるが、自ら進んでオランデアの文化に染まる星や国も存在する。
第27星もその内の一つで、だからこそこうして異星の人間たるわたしとオルマ氏が翻訳機も使わずに会話することができるのだが、言語は共通でもやはり細かい部分での意思の疎通が難しいこともある。価値観や倫理観が違えば同じ言葉を使っていても認識が食い違うということもありうる。
わたしは、太陽がいつまでも落ちていかない、という話を聞いて、それがどういう意味なのか理解しようとした。意思疎通の不具合によって認識が食い違うことはままあることだ。
「なるほど。それは、お困りでしょうね」
オルマ氏の正面に腰掛け、天使のような微笑を浮かべていた社長秘書のエルが、のんびりとした口調で言う。わたしは口を挟もうとしたが、自らの立場を思い出した。あまりでしゃばるべきではない。
オルマ氏は手振りを加えて話を続ける。
「それは、もう。大地は涸れ、川は干からび、流行病が蔓延り、もはや美しき我が国の見る影もありません。我がセントラの魔導師の尽力もあって、王都だけは最低限人が住める環境を維持しておりますが、それもいつまでもつことか」
「一つだけ確認しておきたいことがあります。それは第27星全体に起こっている異変なのですか。セントラの真裏の地域では半年間ずっと夜、ということでしょうか」
エルは何を当たり前のことを聞くのだろう。セントラでずっと昼が続いているのなら、真裏の地域ではずっと夜に決まっている。
だがオルマ氏はかぶりを振った。
「いえ。……これが何とも珍妙な点なのですが、これはセントラ一帯にのみ起こっている異変なのです」
「と、言うと?」
「セントラの国境を越えたとたん、太陽が動き、時刻に応じた正常な位置に戻るのです。そしてセントラに戻ると、やはり太陽が真上に移動し、我らの国を焦がすのです」
わたしは耳を疑った。そんなことがあるのだろうか? セントラだけ永遠に昼で、他の国では太陽の運行は全く正常。そんなことが起こり得るのだろうか?
「なるほど。恐ろしい事態ですね」
「そうなんです。我が国の魔導師たちが知恵を絞り、この謎を解き明かそうとしました。理屈の上では、上空に巨大なレンズを複数枚用意し、光を屈折させることで、似たようなことを引き起こせるかもしれません。しかし他国での太陽の動きに不審な点はありませんし、現実問題として、そのような規模のレンズを用意することも、上空に浮かべることも、常に角度を微調整し続けることも、不可能と言っていいですから、原因も解決策も全く不明と言ってよろしいかと思います」
わたしはしばし言葉を失っていた。太陽が落ちていかない? それだけならまだぎりぎり理解はできるかもしれない。だがセントラの国土から一歩離れた途端、太陽は正常な位置に戻る? セントラだけが太陽の異常に見舞われている。こんな話、聞いたことがなかった。
法螺話だと決めつけるのが最も簡単な理解の仕方だった。しかしエルはオルマ氏の全ての言葉を信じたようだった。
「大体、事情は分かりました。我々としましては、二つの解決策を提示できるかと思います」
「えっ」
わたしは思わず声を上げてしまった。状況の理解さえ怪しいときに、解決策とは。しかしオルマ氏はエルに飛び付かんばかりに身を乗り出した。
「ありがたい! さすが頼りになりますね!」
「一つは、太陽を破壊すること」
エルは笑顔でそう言ってのける。オルマ氏は身を乗り出したまま硬直する。
「た、太陽を……?」
「弊社にはそれが可能な英雄が何人かおります。すぐにでも手配ができますが」
「な、なりません! そんなのは駄目です! そんなことになったら太陽が落ちないどころの話ではない!」
オルマ氏の懸念ももっともだが、それより、星一つ破壊できる英雄だと? そんな話は聞いたこともない。わたしは呆気にとられていた。嘘だろうか? ただの誇張? しかし、それを確認する暇もなくエルは述べる。
「では、もう一つの解決策を採用するほかありませんね。現地に英雄を派遣し、原因の究明、及びその解決を任せる」
「そ、それでお願いします」
わたしは疑問を持った。現地に英雄を派遣したところで、セントラの人々が半年間必死に駆けずり回って成果がなかったこの案件を、解決できるものだろうか。
「きっと解決できます」
まるでわたしの心を見透かしたかのように、エルが言う。
「こういうときに頼りになる英雄さんが、うちの会社には、いるんですよ」
「は、はあ……」
わたしは頷くしかなかった。そしてオルマ氏が契約書に押印するのを横から眺めていた。本当にこのような奇怪な事件を、少数の英雄だけで解決できるのか? セントラに残された時間はそう長くない。解決に半年もかかりました、というのでは、そのとき既に手遅れになっていることだろう。
しかしエルの笑顔には人を屈服させる説得力というものが備わっていた。そしてわたし以上に、オルマ氏がエルの笑顔に安心感を覚えているようだった。
とりあえず見させてもらおう、エルの言う「頼りになる英雄」の手腕を。わたしは契約書の文面を覗き見しながら、期待に胸を膨らませていた。
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派遣人員
A級 ヒュード(剣士)
C級 シエラ(魔術師)
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