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英雄派遣  作者: 軌条
第二話 一姫当千
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ドラン(4)

 カルド草原は、夜になると深い闇に包まれた。人里から離れているのだから当然だが、それにもデボラお嬢様は文句を言った。下手に明かりをつけると、人肉に餓える魔物を呼び寄せることになるので、火の扱いには細心の注意が必要だった。


 火を使うなら日没前。調理に使用したらすぐさま消し、その場から立ち去る必要がある。魔物が呼び寄せられ、交戦を迫られるからである。


 普通の行軍ならそれが常識。しかしデボラ率いるこの小隊は戦闘こそ望んでいた。深更、見張りに立っていたラシェルに、デボラはこう切り出した。


「火をつけなさい」

「はい?」

「あんた、自由に着火できるんでしょ。魔術か何か知らないけど」


 ラシェルは確かに初歩的な魔術なら使用できた。初歩的と言っても、それは他の英雄たちと比較した場合であって、彼女は故郷において魔術に最も長けた者として崇められていた。


 それはともかく、確かに火をつけるくらい造作もなかった。しかし気が進まない。


「どうしてです? 何かに使うんですか」

「本を読むのよ。明かりがないと読めないでしょ」


 ラシェルは夜目が利いた。確かにデボラは薄い本を手に持っていた。その題名までは見えない。


「どうして今?」

「習慣なのよ。寝る前に必ずこれに目を通すことにしているの」

「控えてもらえませんか。魔物が寄ってきます」


 デボラは挑発的な眼差しを向けてきた。


「それでも構わない。そのときはワタシが征伐する」


 ラシェルはデボラの眼が本気であることを見て取った。つい嘆息してしまう。


「……少しだけですよ。火は隠してくださいね」

「ふふん、仕方ないわね」


 デボラが近くの草を刈り取り、山にして、そこにラシェルが火をつけた。大砲を固定するのに使っている鉄板でその火を隠した。


 デボラが草を敷き詰めて敷物にし、その上に寝そべった。そうして本を広げる。すぐに熱心に読み始めたので、ラシェルは少し好奇心を抱いた。


「いったい、何の本なんです?」

「知りたいなら、明日、ワタシに魔物と戦わせなさい」

「そんなことをしたら私が会社をクビになりますよ」


 デボラがふふっと笑い、本を持ち上げて表紙を見せる。


「子供の頃から読んでいるの。あんた、字は読める?」

「一応。……勇者伝説? 例の、ドラン国に伝わる伝説の本ですか」

「子供向けのね。……ワタシの憧れなの」


 デボラは昼間の苛烈さを失い、年相応の少女のようなおとなしい表情を見せていた。


「どうしてもワタシは勇者になりたい。ううん、既に勇者なわけ。あとはきっかけが欲しい。きっかけさえあれば、ワタシの内に眠る真の力が覚醒するはず」

「それ、本気で言っているんですか?」

「どういう意味よ」

「いえ。本気ならそれでいいんですが」


 ラシェルは草原を見渡し、魔物の気配がないことを確認しながら言う。


「ドランの勇者とやらが、昔、邪竜を封印したんですよね。で、デボラさんが今度こそその邪竜を完全に滅ぼそうと、ここカルド草原に来た」

「そういうこと」

「伝説の通りなら、邪竜は地の底に眠っているのでしょう。どうやって見つけるつもりなんですか」

「おのずと分かるはずよ。勇者の末裔たるワタシが近くに行けばね」


 今度こそ冗談で言っているのではないかと思った。しかしそうではなかった。彼女は本気でそれを信じているようで、ラシェルを見返すその瞳はあくまで純真だった。


「それは……。頼もしいですね」

「そうでしょ、そうでしょ」

 

 デボラは満足げに頷いた。皮肉が通じていないのか、はたまた他人のちっぽけな悪意を簡単に呑み込んでしまう器の大きさがあるのか。


「言っとくけど、邪竜はワタシが倒すからね。どうせアンタたち程度の戦士じゃ倒せないだろうけど」

「……あはははは」


 ラシェルのわざとらしい作り笑いにも、デボラは気付かない様子だった。本を閉じ、火を踏みつけて消した。


「そろそろ寝ようかしら。見張り、お疲れ様」

「ええ。おやすみなさい」


 しかしそのとき、デボラが怪訝そうに闇の奥に目を凝らした。


「……ねえ、ラシェル、あんたって夜目が利く?」

「ええ。まあ、普通の人よりは。目の悪い砲手なんていませんよ」

「だったら、あそこ見てよ。何か気になるのよね」

「あそこ?」


 デボラが指差した方向。ラシェルは目を凝らしたが、特に何の異常もない。


「何ですか、気になるとは」

「気になるってのは、気になるのよ。つまり、何かがいそうってこと」

「いそう、と言われても」


 ラシェルは立ち上がった。そしてちらりとデボラを見る。


 ふざけているようには見えない。そう言えばデボラは魔物の巣を的確に見つけ出す幸運に恵まれていた。もしそれが単なる運ではなかったとしたら……。ラシェルは脇に置いてあった大砲を地面に固定し、デボラが指差した方向に向けた。そして一つ息をつく。


「なるほど。少し気が緩んでいたようです――確かにいますね。わんさかと」


 ラシェルは砲弾に魔物に肉を詰めた。そしてすぐさま撃ち放つ。禍々しい力を秘めたその砲弾は着弾と同時に爆発した。瞬間、視界が確保される。草原の草むらに潜んでいた無数の魔物が煌々と照らされた。


「こんなにたくさん……!」


 ラシェルはさすがに驚いた。確かに魔物の気配を感じて撃ったのだが、これほど多いとは。デボラはにやりと笑って剣を抜き放った。


「いいじゃない、いいじゃない! ラシェル、まさか逃げろなんて言わないわよね!?」

「逃げてください。ここはダンさんと一緒に殲滅に専念します」

「この期に及んで何言ってるの! この数よ!」

「こういうときだからこそ言っているんです。足手纏いが一人いると、その部隊の戦闘力は半減する。二人いると4分の1です」


 デボラがラシェルを睨みつけた。そして抜き放った剣を持ったまま走り出そうとする。


 闇の中から人影が現れた。それは迅雷の如き速さでデボラを抱きかかえると、宙に放り投げた。デボラは悲鳴を上げた。


 そんな彼女を受け止めたのはオルウェルだった。デボラを放り投げたダンは既に斧を構えて魔物の軍勢と対峙している。


 ラシェルは二発目を撃つべく魔物の肉を袋から取り出しながら叫んだ。


「オルウェルさん、西の方向に逃げてください。私たちも後退しつつ魔物を排除していきますから、離れすぎないように」

「分かりました!」


 ダンが舌打ちする。


「おいおい、ラシェル、本当に見張ってたのかよ。こんなに大量に魔物がいるじゃねえか」


 ダンが文句を言うのも無理はなかった。まさか魔物が大挙して押し寄せてくるとは。しかもばらばらに襲ってくるのではなく、数が揃うまで闇の中に潜んでいた。


 魔物を統率する者がいなければこんなことにはならない。ラシェルは嫌な予感がしていた。


「ダンさん、本社に増援を要請しましょう。私たち二人だけでは手に負えない」

「増援だと? 実績に瑕がつく」

「ここを無事に切り抜けたら、引っ張ってでもデボラさんを連れて帰りましょう」

「任務を全うしたとは言えないぞ、それでは」

「しかし……」


 ダンはかぶりを振る。


「お前には、英雄としての矜持がねえのかよ。お前はどうして英雄派遣会社に入社したんだ?」

「どうしてって……」


 ラシェルは口を噤んだ。故郷ではラシェルはまさしく英雄だった。かの国でラシェルの名を知らない者はおらず、彼女を讃える歌が幾つも作られた。


 軍人としてラシェルは尊敬されていたが、長らく彼女の故郷は平和だった。それは喜ばしいことだが、磨き上げたこの腕を披露する場がないことに不満を抱いていた。


 英雄派遣会社の社長にスカウトされたとき、最初はにべもなく断っていたが、この力を発揮する場が異星や異世界にあるかもしれないと知ったとき、もうその誘惑には抗えなかった。


「俺はな、ラシェル。好き勝手暴れ回りたいから入社したんだ。ちょっと危ないからといってすぐに安全な場所に逃げ回るなんて、そんなこと望んで俺はここにいるわけじゃねえんだ。お前もそうじゃないのか」

「一緒にしないでください。私は――」


 そこまで言いかけて、自分もダンと大差ないことに気付く。そう、好き勝手暴れたい。乱暴な言い方をすると、まさしくそうなのだ。


 そしてデボラもそうなのではないかと気が付く。結局、あのお嬢様も同類だ。


「そうだろ、ラシェル。増援なんて冗談じゃない」

「――直射!」


 ラシェルは大砲を撃った。ダンの脇をかすめ、それは一気に爆発した。ダンが頭を抱えて逃げ惑う。


「うわあああ! 畜生! いきなり撃つ奴があるか!」

「あなたがもっとしっかりしてくれれば、増援はいらないかもしれませんね!」

「言ったな、この野郎! 見てろ!」


 ダンは燃え上がる草原を駆けた。魔物の血を浴びてなお歓喜の笑みを浮かべる彼は、まさしく戦いに飢えた英雄だった。





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