学園祭準備期間
学園祭が近付き、忙しくなってきた光輪学園。特能ボランティア部のメンバーも、各部活の依頼をこなしていた。
「こんなものだろ」
鷹雄の言葉に、弓彦はふぅ、と一息ついた。
「あ、鷹雄。もうそろそろ演劇部だろ? 行ってこいよ」
「じゃ、後はよろしく」
鷹雄が部室を出て行くと、木材を抱えた剛志が入ってくる。
「弓彦先輩、これはどこに置くんだ?」
「あー、それは料理部の屋台だろ? とりあえず、校庭だな」
「えっ……せっかく三階まで運んだのに……」
部室は慌ただしく人が行き交い、静波と荒波も使い走りに駆り出される。
あれから二週間。特に『厄介事』も起きず、光輪学園では学園祭の準備が始まっていた。準備期間が慌ただしいのは、影世界でも変わらないようだ。
「タケさん、こっち」
校庭にスタンバイしていた荒波が、剛志を呼ぶ。料理部の屋台用の木材を置く場所だ。
「お前も運べよな」
静波も木材を運びながら、ブツブツ呟く。まあ、隔離され温室でぬくぬく育てられた荒波には、木材を運ぶくらいの体力は期待出来ないが。
「よし、あと少しだ」
剛志と一緒に、木材を取りに行く。
「そういや、お前らの家族は、学園祭に来るのか?」
訊かれ、静波は首を傾げた。
「さあ? とりあえず、手紙は出したけど、返事はないし」
学園祭には、影世界に住んでいる家族を招待できる。どうやら、参観日を兼ねているようだ。幼い子どもたちならともかく、十七になってまで親を呼ぶのはどうかと思ったが、近況報告も兼ねて招待状は送っておいた。
「友達とかも呼べればいいんだけどな。ま、仕方ないか」
剛志はそう言いながら、木材を担ぐ。
「メールなら、来るかどうか早く分かるんだけどさ。手紙って不便……」
「ま、分かる」
今までメールでさっさとやり取りしてきた分、手紙ですぐに相手の返事が分からないのはやきもきする。
「それと、寮って慣れないし」
二週間の寮生活で一番慣れないもの、それは音だった。
「上の部屋、夜中に足音がするんだよな……消灯時間、過ぎてんのに」
「まあまあ、ボランティア部だって、夜に活動すれば帰りは夜中か朝方だぞ?」
「そりゃあそうだけどさ」
慣れない生活の愚痴を言いながら、静波も木材を担ぐ。これで料理部の依頼は最後のはずだ。
「よう、お疲れ!」
擦れ違う男子生徒に声を掛けられ、静波は「おう」と返す。二週間前は友達が出来るかどうかなど悩みは尽きなかったが、生活してみると順応するものだ。
「ボランティア部、忙しそうだな」
声を掛けられそちらを見ると、奏太が立っていた。
「茶道部は忙しくないのか?」
静波が訊けば、奏太は肩を竦める。
「あらかた終わったよ。野点の道具は前日に用意するし」
「のだて?」
茶道には詳しくないが、恐らくお茶会みたいなことだろうと察する。茶道部だし。
「それは?」
「ああ、料理部の木材。屋台用だよ」
「ああ、なるほどね」
他愛ない会話をしながら運んでいると、奏太もついてくる。所定の場所に木材を下ろすと、奏太は剛志に話し掛けた。
「タケさん、演劇部の撮影、見学できない?」
本題はこれのようだ。
「ん? いや、撮影中は極秘だって部長が言ってたぞ」
「えーっ! いいじゃないか、ちょっとだけ!」
「いやいや、俺の出番が消されちゃ困るしな」
「メグの姿をちょっとだけでも!」
渋る剛志だが、奏太もなかなか引かない。
「メグって?」
軽い気持ちで静波が訊けば、奏太はくるりとこちらを見た。目がヤバい。訊いたことを、後悔するくらい。
「メグこと、松山 恵実、一年生で十六歳。小柄ながらスレンダー巨乳の笑顔が愛くるしい演劇部のアイドル。ちなみに今回が初映画で、まどか様とダブル主演、演劇部の期待の新人。能力はイメージの維持の為極秘……その謎でさらにファンのハートをキャッチする、小悪魔系美少女!」
「あ、そう……」
鼻息荒く詰め寄られ、静波はどんどん後退る。
「メグ? 聞いたことないな」
剛志は首を傾げ、奏太は薄笑いを浮かべた。
「ま、オレの情報網は、半端じゃないってことだよ。タケさんもなかなかだけどね」
恐らく、その情報網は女子限定だが。
「メグはオレの中で、今一番注目株なんだよな~。だから、タケさんお願い! チラッとでいいから、見学させて!」
「だーかーら、部長がダメだって言ってんだよ! これは俺の銀幕デビュー作なんだぞ? まどか様との初めての共演なんだぞ?」
奏太も剛志も一歩も引かない。呆れて様子を眺めていれば、二人は静波に視線を移した。
「静波、お前も美少女見たいよな!? オレの味方だよな!?」
「おい静波、いつも面倒見てやってるのは誰だ? 俺とまどか様の映画、見たいよなぁ?」
「えっ……?」
二人に詰め寄られ、慌てて荒波に助けを求める。しかし、いつものことながら、荒波は知らん振りだ。
「おーい、剛志くん」
そこに、声が掛かった。三人でそっちを見れば、笑顔の鷹雄がいる。
「あ、鷹雄先輩。料理部の依頼は終わったぞ」
剛志が言うと、鷹雄は軽く頷く。
「忍くんが呼んでたよ。そろそろだってさ」
「はいっ! 行ってきまっす!!」
張り切って答えた剛志は、急いで走っていく。鷹雄に向かって首を傾げると、彼は軽く微笑んだ。
「忍くんは、演劇部の部長だよ」
なるほど、撮影で呼ばれたのか。
「さて、料理部の依頼が終わったなら、ひとまず部室に戻ろうか」
鷹雄に言われ、静波と荒波も後に続く。
「あああ……チャンスが……」
一人残された奏太は、ただただ剛志の去った方を見つめていた。
部室に戻れば、ナナコが尻尾を振って出迎えた。
「鷹雄~!! お帰り~!!」
「ナナコ、お茶を持ってきてくれるかい?」
「は~い!」
上機嫌のナナコは、奥の戸に入っていく。
「お、鷹雄。撮影は無事に終わった?」
漣がソファーに座ったまま話しかける。一仕事終わったのか、完全にリラックスモードだ。
「今の所、順調だよ。まどかはまだまだ大変そうだけどね」
主演は大変だね、と人事のように笑う。
「鷹雄だって、まどかの恋人役だろ? 全く、演劇部は何考えてんだろねぇ? 素人に主演させるなんてさ」
「そりゃ、お金目当てだろう?」
漣の言葉に、鷹雄が笑いながら答えた。しかし、意味が分からない。
「お金目当て? どういうこと?」
荒波も同じように思ったようで、鷹雄に尋ねる。
「ああ、昨年まどかがピンチヒッターで主演した『鶴の恩返し』……だっけ、あれが高殿宮の当主に絶賛されてね。部活動の援助として、多額の寄付を受けたんだ。随分機材も良いのを買ったみたいだからね、今年も狙ってるんだと思うよ? しかも、今年は天行寺からもかな? さすが忍くん、なかなかの守銭奴だね」
演劇部の部長は、空気が読めなくて図々しい。そして、随分計算高くて守銭奴のようだ。とんでもない人物像になったが。
「今年は期待の新人が来たから、まどかとダブル主演ってわけか。なるほどねぇ」
漣は楽しそうに言い、欠伸をする。
「漣、他の依頼は?」
鷹雄が訊くと、彼はテーブルの上を指さした。
「ん。そこに弓彦が作ったリストがある」
「……なんだ、まだ依頼は残ってるじゃないか」
漣がのんびりしていたので、依頼は全て終わったと思っていたようだ。軽く漣を睨みながら鷹雄が言うと、彼は欠伸混じりで答えた。
「だって、占い部のテント張りには弓彦が行ったし、駄菓子研究会の作業は高瀬の双子が向かったし、ついさっきまで梨香がいたけど、工芸部のやつが怪我したとかで行ったし……」
「えっ、梨香さんいたんだ」
春野梨香といえば、部活棟を探し回った記憶がある。しかも、二週間経ったというのに、静波たちはまだ顔を見たことがない。
「あー、まだ梨香のこと、見たことなかったっけ。あんまり部室にいないからなぁ」
漣はそう言うと、鷹雄に視線を戻した。
「ま、終わってない依頼には皆が行ってるからさ。留守番してたんだよ」
「漣は寝てただけだよね~」
ナナコがお茶を持ってくる。その後ろから、ヒョウキも顔を出した。
「まどか様、まだ?」
「まどかはまだ掛かるだろうなぁ」
鷹雄はヒョウキの頭を撫でる。ヒョウキは不服気な顔で鷹雄を見上げ、溜め息を吐いた。
「お、依頼は終わったかい?」
奥の戸から、もう一人現れる。
「あ、広瀬先生。いたんですか」
「おいおい、いたんですか、はないだろ? 顧問なんだからさ」
言葉とは裏腹に楽しげに笑いながら、広瀬はソファーに座った。
「で? 依頼終了の目処はついたかな?」
「……多分」
鷹雄は曖昧に答える。広瀬は頷いて、懐から手紙を出した。
「はい、新依頼」
「?……ああ、流か」
流。聞いたことがあるような……
「ま、ちゃちゃっと終わらせてくれよ。なるべく僕は関わりたくないんだ……あの子には」
一瞬、広瀬は苦々しい表情になる。しかし次の瞬間には、また軽い笑顔に戻った。
「じゃ、後はよろしく」
ソファーから立ち上がり、手を振りながら出て行く。それを見送った後、鷹雄は手紙の封を開けた。サッと目を通す。
「……荒波、ちょっといいかな?」
「はぁ……?」
首を傾げながら、荒波が鷹雄の前に行く。
「特能研究会からの依頼なんだけど」
鷹雄はそう言いながら、彼にしてはわざとらしい笑顔を浮かべた。
「え……何……?」
荒波が一歩引く。構わず、鷹雄は話を続けた。
「部長の天行寺流がね、キミの言の葉に興味をもってね。キミに是非会いたいって言ってるんだ。そんなにややこしい依頼じゃないと思うんだけどさ、行ってやってくれるかい?」
「……天行寺、流?」
荒波が聞き返すと、鷹雄は笑顔のまま答える。
「ああ、流は俺の遠縁の子でね。同じ苗字なんだけど、流は妖遣いじゃないんだ」
流。まどかから聞いた名前。確か……
「あ、鷹雄さんの敵」
思い出して静波が思わず呟くと、鷹雄は笑顔を苦笑に変えた。
「まどかだね? 彼女はどうしてか、流を嫌っているんだ。仲良くして欲しいところだけどね」
「あ……ごめんなさい」
思わず謝るが、鷹雄はあまり気にしていないようだ。苦笑のまま、荒波をまた見る。
「悪い子じゃないんだけどね……ま、子守だと思ってよろしく頼むよ」
「……僕、子どもはき……苦手なんだけど」
気を使って『嫌い』とは言わなかったが、荒波の本心は顔でわかる。それでも鷹雄は引かずに、笑顔を向けている。
「……はい。わかりました……」
無言の圧力により、荒波がうなだれながら了承する。
「どうしても荒波に会いたいって言ってるからさ、頼むよ。あ、静波も行くよね? よろしくね」
「あ、はぁ……」
やはり押し切られた静波も、とりあえず頷く。
「特能研究会は、部活棟別棟にあるからね」
鷹雄に言われ、二人は仕方なく、部活棟別棟に向かった。
「こんな所に……」
周りのクラスメートに訊きながら、二人は部活棟別棟に辿り着いた。
「なんで、こんな目立たない所に……」
鬱蒼と茂った森の側。部活棟とは違い、小さい二階建ての建物に、『部活棟別棟』と書かれた看板が掛かっている。
「失礼しまーす……」
扉を開けると、薄暗い廊下が見える。そして、のっそりと現れた白い大型犬。
「犬だ」
動物好きな荒波は、そっと近付く。犬は荒波に擦り寄り、服の裾を咥えた。そのまま引っ張る。
「あ、ちょっと……」
よろけながら進む。静波もその後に続く。
「あ、ワン太郎! 連れてきてくれたんか?」
一番奥の、木の戸。その前にいた、一人の少年。歳は、中学生くらいか。
「兄ちゃんが、双海荒波? オレが、天行寺流や。よろしゅうな!」
「……?」
子守、と聞いていたから、もっと小さな子どもを想像していた。そして、『鷹雄の遠縁』というキーワードからは想像出来ない関西弁。
「君が、流くん?」
静波が訊くと、彼は元気に頷く。
「せや。あんたは、双海静波やろ? 双子やって聞いてるで」
「そ、俺が静波。そっちが荒波」
流は満足げに頷き、荒波を見る。
「なあ、荒波。あんた言の葉遣いなんやろ? やったら、言の葉でオレの能力を消せるんか?」
「は?」
言われた意味が分からずに、荒波は眉を顰める。流は期待に満ちた瞳で、じっと荒波を見つめている。
「……さあ? やったことないし」
荒波の答えに、流はふーんと呟いた。
「ま、やってみんと分からんやろ。荒波、言の葉掛けてみてや。……あ、中入って」
気付いたように、流は部室に招き入れる。特能ボランティア部の部室とは違い、特能研究会の部室は狭く、木製のテーブルと四脚の椅子がある以外目立つ物はない。
流は椅子に座り、だらんと力を抜いた。
「さ、掛けてや」
「……『天行寺流、能力を消せ』」
荒波がそう言うと、流は椅子から立ち上がった。そのまま静波の方に手を突き出す。
「でいっ!」
「うあっ……うわあああっ!?」
身体が、浮いている。有り得ない浮遊感に、静波はパニックになる。とにかく地に足を付けようと、バタバタと手足を動かす。しかし、浮いた身体は下降の気配はない。
「……荒波、消えてないんやけど」
突き出した手を流が動かせば、その手の動きに合わせて静波の身体も動く。溜め息を吐いて、流は静波を下に降ろした。
「……君の能力って」
荒波が言うと、流は椅子に座った。ニコリと笑う。
「オレの能力な、念動力っていうんやって。サイコ……なんちゃらっていうやつ」
サイコキネシス。有名な超能力だ。自分の思うままに物体を動かしたり出来る、という便利なイメージだが。
「言の葉遣いやったら出来るか思うたんやけどな~。しゃあない、また別の方法考えよ」
流はそう言うと、側に来たワン太郎を撫でる。静波は椅子に座り、流に訊いた。
「なんで、能力を消したいんだ?」
せっかく生まれ持った特別な力を手放したいなんて、静波からすると意味が分からない。
流はしばらくワン太郎を撫でながら黙っていたが、やがて大きな目で静波を真っ直ぐ見返した。
「誰かを傷付けるだけの力なんか、オレはいらん。静波は、能力が欲しいんか?」
その言葉に、静波は思わず息を飲んだ。
(知ってる……こいつ、俺が何の能力も無いことに、気付いてる?)
「そんなに警戒せえへんでもええやろ。オレは兄ちゃん達の敵やないし、鷹雄の友達はオレの友達、な?」
人懐こい笑顔を向けられても、静波の心音はうるさいままだ。流の本心が、全く理解できない。鷹雄にも似たような所があるが、彼には高いカリスマ性故か、信用できる何かを感じた。しかし、流にはそれはない。汗が背中を伝う。
「……静波、落ち着いて」
荒波に言われ、静波は全身にやたら力を入れていたことに気付いた。深呼吸をし、気持ちを落ち着けようとする。
「荒波と静波はまだ一年生なんやな」
流が不意にそう言った。そう言えば、彼の襟元には二年生のピンバッチが付いている。
「まあ、また会うやろ。その時まで、言の葉の能力を磨いといてや」
それで用事は終わったようで、流は手をヒラヒラと揺らす。得体の知れない威圧感を感じたまま、急いで静波は部室から出た。
部活棟別棟から早足で離れ、一息吐く。
「どうしたのさ、静波」
荒波も後を追ってきて、静波の肩に手を置いた。その体温に、静波のざわめく鼓動も落ち着いてくる。
「……あいつ、何なんだ?」
そう呟くと、荒波は首を傾げる。
「あいつって、さっきの……天行寺流? ただの変わった念動力者でしょ? 静波、何かあったの? 顔色が悪いよ」
何の能力も無いことに気付かれた、ただそれだけが原因ではない。そんな気がする。この圧迫感、威圧感。
「……部室に戻る。鷹雄さんに、報告しなきゃな」
静波の言葉に頷きながら、荒波も部室に戻った。
「おー、お帰り」
部室に戻れば、ソファーにだらしなく座っている漣が、気の抜けた声で言った。
「流に会った?」
「……漣、あいつは何なんだ?」
静波がそう言うと、漣の目が丸くなる。
「どしたの? 流とケンカした?」
そう答えながら、鋭くなった視線が静波をジロジロと見る。
「ううん、静波は何かイライラしてるんだよ。よく分からないけど」
荒波はのんびりとソファーに座る。
「……そっか。ま、そんなにイライラしないほうがいいよ」
漣はそう言うが、静波はまだ妙な感覚に捕らわれたままだ。不機嫌な表情に、漣が立ち上がって静波の肩を叩く。
「流のことは、鷹雄の遠縁だってことしか知らない。ただ、二年前からいる在学生の中じゃ、あいつの話はタブーになってるんだ」
「タブー? なんで」
さらに聞き出そうとする静波に、漣は困ったように眉を寄せる。そのまま黙り込むかと思ったが、彼は部室の扉の方に行った。
「少しなら、教えてやるよ。来て」
静波は漣の後について行く。荒波は首を傾げていたが、静波の後を追った。
「これ、何だと思う?」
校舎の裏手にある森。その獣道を抜けると、少しだけ開けた場所に出た。周りの木々は薙ぎ倒され、焦げた跡も見られる。その中央に、折れた太い柱がそびえ立っていた。
「……折れた柱」
そう答えると、漣は頷く。
「『世界』の敵が二年前にこの学園に来たことは、近代影世界歴の授業でもう習ったかな? 奴らの狙いは分からなかったけど、この学園にはかなりの被害が出たんだ」
漣は柱を撫で、遠い目をした。
「……その時、この柱は旧校舎の正面玄関の支えになっていた。『世界』の敵が来て、学園長が奴らに宣戦布告をした時、学園中が大パニックになったんだ」
どういう状況なのかは分からないが、相当な騒ぎになったのだろう。
「外にいた学生達は、慌てて校舎内に逃げ込んだ。鷹雄は生徒会長として、彼らを落ち着かせようと、この正面玄関に立って駆け込むのを止めようとした……でも、パニック状態の彼らは足を止めず、鷹雄はそのまま押しつぶされた」
大勢の生徒が、広めに設計されているとはいえ一つの出入り口に殺到すれば……ゾッとするイメージに、静波は顔を歪める。
「……鷹雄が危険な状態だと感じたんだろ、流が能力を暴走させちゃったんだ。正面玄関だけじゃない、そこにいた生徒たちも、『世界』の敵も、全てを巻き込んだ嵐が起きた。……学園長が言うには、念動力を暴走させたから、ありとあらゆるものが薙ぎ倒されて宙を舞ったらしいよ。気が付けば、『世界』の敵はいなくなってるし、死傷者も大勢出た」
「……死んだ生徒も、いたの?」
荒波が訊けば、漣は頷く。
「鷹雄は無事だった。でも、正面玄関に雪崩れ込んだ生徒の内、五人が死んだ。……現場からすると、死んだ人は少なかったとは思う。梨香たちが、不眠不休で癒したから」
柱をよく見れば、黒っぽい染みが見られる。血の跡のようで、静波は思わず目を逸らした。
「まだ、当時のトラウマを抱えた生徒が何人かいる。ほとんどは自主退学したり、家族につれて帰られたりしたんだけどね。だから、流のことはあまり話題にしないし、タブーになってるんだよ」
柱の周りには、枯れた花束がポツポツと置かれている。まるで、亡くなった生徒たちの墓標のようだ。
「これで、俺が出来る話は終わり。さ、部室に戻ろ」
漣はそう言うと、欠伸をしながら歩いていく。続こうとした静波は、足元に何かが落ちているのを見つけた。
「……?」
小さな鈴だ。赤い紐が付いている。端が千切れているところを見れば、誰かの落とし物だろう。
「静波、行こうよ」
荒波に呼ばれ、静波は何となく鈴を拾い、後を追った。
「料理部の依頼、終わった?」
部室には弓彦がいた。頷けば、彼は大きく伸びをする。
「あー、この時期は忙しくてたまんないや。鷹雄が指揮を執ってくれりゃ、楽なんだけどな~」
「副部長なんだから、それくらい頑張れよ」
漣がそう言い、ニヤニヤと笑う。
「あ、鷹雄さんは?」
荒波が訊くと、弓彦は奥の扉を指さした。
「ああ、流には会ったかい?」
丁度扉から鷹雄が出て来て、二人に尋ねる。
「会ったよ。言の葉で念動力を消してくれって言われた」
荒波の答えに、鷹雄は肩を竦めた。
「まだそんな事を言っているのか……。俺達の能力は、大切なものだって何度も言っているんだけどね。どうしても伝わらないみたいだ」
「……流は、怖いんだよ」
そう言ったのは、漣だった。じっと手元を見つめたまま、呟く。
「学園の仲間を、能力で殺してしまったんだから……」
「それは、不可抗力だ。暴走させた能力があれだけの強いものだったなんて、誰も予想出来なかった」
鷹雄はそう言い、溜め息を吐く。
「そりゃあ、俺だって責任は感じる。流の引き起こしたことは、俺がきっかけだったんだから。でも、亡くなった仲間達の為にも、『世界』の敵は倒さなくちゃならないんだよ。……だから、能力を手放すなんてしてはいけない」
鷹雄と流には、考えの違いがある。敵を倒す為に能力を必要とする鷹雄、暴走したとは言え能力で人を傷付けたことに怯える流。
(この先、『世界』の敵を言の葉で倒すことになったら……もし、敵が死んだりしたら……荒波は、どう感じるんだろう……)
もしかしたら、弟が人を殺すかもしれない。
その事態を想像してしまい、静波は身を震わせた。そんな事は今までの生活では考える必要はなかったし、有り得ない状況だった。
(……俺はその時、何が出来るんだろう……)
静波の胸に過ぎった薄暗い想像は、なかなか消えることはなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。次は学園祭当日になるのか……またよろしくお願いします!