初戦
突然の、初戦が強敵という感じです。先頭シーンは苦手なんですが、頑張りました!
「うぇぇぇ……っ」
大きな屋敷が見える庭。
そこに、特能ボランティア部の面々はいた。
「だいじょぶ?」
漣が優しく静波の背中を撫でる。
「ぎ…ぎもぢわるい……っ」
どうやったのかは分からない。しかし、静波達は知らない場所にいる。しかも、どうやら『瞬間移動』をして。
「こりゃ、完全にアスポート酔いだよ。鷹雄、どうする?」
「うーん……まあ、その内治まるんじゃない?」
非情にもそう言い放ち、鷹雄は歩き始める。
「やあ、社長さん」
立派な扉の前には、ギラギラとした悪趣味なアクセサリーを着けた男がいる。せわしなく辺りを見回し、苛ついた声を出した。
「は、は、早くあの化け物を倒してくれっ! でないと、ワシは……」
そこまで言い、漣に目を止める。
「き、き、貴様~っ! ワシが逃げる前に、倒れおって……この、役立たずめっ!」
胸倉を掴み上げる社長に、漣はへらっと笑った。
「まぁ良かったね。お互い生きてて」
確かにその通りなのだが、まるで他人事のように言われ、社長の髪が逆立つ。
「こ、こ、今度こそ、あの化け物を倒せるんだろうな!? ワシの財産も、無事なんだろうな!?」
自分勝手な言い様に腹を立てた様子もなく、鷹雄は笑顔で頷く。
「もちろん、善処します」
「善処じゃないっ! 必ず倒せっ!!」
「何なんだよ、あのオッサン……」
思わず静波は呟くが、聞こえてはなかったようだ。社長はさっさと屋敷の中に入っていく。鷹雄も、その後に続いた。
「……俺達も、入った方がいいのかな?」
静波が荒波に耳打ちしていると、鷹雄と社長がまた出てくる。
「前回はホールで迎え撃って、散々内装を壊したらしいね?」
鷹雄の問い掛けに、漣は唇を尖らせた。
「いや、無理っしょ。内装気にしながら戦えないよ」
「ま、そう言うわけだから、今回は外で戦えってさ」
鷹雄が言うと、まどかが彼に詰め寄った。社長に聞こえないように、小声で咎める。
「狗神相手に、野外で戦うの? せめて屋内なら、あの巨体の動きを少しは封じられるのに……」
「仕方ないよ。社長さんの要求には、出来る限り従わないと」
鷹雄はそう言い、冷めた視線を社長に向ける。
「命より、財産が惜しいらしいからね」
社長はブツブツ言いながら、暑さの残る野外でビールを飲んでいる。その背後にはいつの間にか漣がいて、付かず離れずで社長を見ていた。
「あ、会長さん」
荒波が鷹雄に声を掛ける。鷹雄は困ったような顔を向けた。
「会長さん、は止めてほしいな。色々肩書きはあるんだけど、名前で呼んで」
「あ、……鷹雄さん」
呼べば、彼は笑顔で頷く。
「なんだい?」
「社長の名前を、教えてほしいんだけど」
そう荒波が言うと、鷹雄は懐から名刺ケースを出した。
「はい。これだよ」
『伊野 保男』。名刺にはその名前の他にも、『伊野金融取締役』だの、何やら胡散臭い肩書きが書かれていた。
「荒波」
「……念の為、だよ」
名前を知っていれば、言の葉が使える。そうすれば、少しは役にたつかもしれない。
そんな荒波の気持ちを感じ、静波は胸の呼び笛をギュッと握った。
「もうすぐ、完全に夜になる。逢魔が時は随分過ぎたけど、妖は薄暗い所よりも闇を好むからね。気をつけて」
鷹雄の言葉に、緊張が高まる。狗神とは、どんな妖なのか……いっそ、ナナコやヒョウキのように、愛らしい幼児ならいいのだが。
(いや、その方が怖いか)
幼児が社長のような体格のいい男を殺そうとする所を想像し、静波は身を震わせる。酔いは随分醒め、蒸し暑い風が気持ち良く感じた。
「……狗神は、月の力を糧とするわ。今日は満月じゃないけれど……」
まどかが言い、皆が空を見上げる。白い月が半分、光って見える。
「……満月まで、来ないって事は?」
荒波が訊けば、鷹雄は肩を竦めた。
「さあね。ヤツらの考えが分かればいいんだけど、そこまで強いテレパスはまだ学園にはいないからね。でも……」
月が陰り、辺りが暗くなる。さっきまで雲もなかったのに、とまた空を見上げると、大きな影が舞い降りてきた!!
「避けろ!!」
漣の声が響き、上空に炎が広がる。影は炎に弾かれ、庭の隅に降り立った。
グルルルルルルルルル……
月の光に照らされて、大きな影が正体を見せる。
「……でかっ」
狼のように見える。しかし、大きさが半端ない。
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃ……っ」
社長は腰を抜かし、庭を這って逃げようとする。
「あ、こら、動くんじゃねーよ!!」
漣が口汚く罵り、社長の後を追う。しかし、狼も同じ動きを見せる。
「来るんじゃねーよ、このバカ犬が!!」
漣が手を振り上げれば、炎が狼を包み込む。しかし、狼はあっさりと突き破ってくる!
「行きなさい、ヒョウキ!」
まどかの声に従い、大きな鬼が現れる。鬼は、狼の頭を押さえつけた。
「漣、社長を護って! 鷹雄、今の内に狗神に攻撃を!」
「分かってるよ、言われなくても!」
「よし、来いツララ!」
二人がそれぞれ返事し、次いで雪を纏った女が現れる。
「ツララ、狗神に吹雪だ!」
ツララと呼ばれた雪女は、狼もとい狗神に指をさす。纏っていた雪が、一気に狗神に襲い掛かった!
「ヒョウキ、逃がさないように」
まどかはそう言い、更に味方を呼んだ。
「セッカ、来なさい!」
その声で、氷の猫が現れる。猫も狗神と同じくらいの大きさだ。鬼と、猫と、狗神。雪女だけが人間とそう変わらない大きさなのが、やたら心細い。
「セッカ、攻撃しなさい! 鷹雄、ナナコは!?」
「ナナコは漣の助けをしてる。それより、いけそうか!?」
狗神に、吹雪と氷の爪が襲い掛かる。怯んでいた狗神だったが、首を振って鋭く吠えた。
グォオオオオオオオ……ッ!
途端に狗神の全身が光り、炎が溢れ出す。炎に触れた鬼と猫は、一気に吹き飛んだ!
「ヒョウキ、セッカ!」
まどかの声が届いたようで、二匹は起き上がる。
「ヒョウキ、狗神を攻撃! セッカはヒョウキの援護を!」
氷の鬼・ヒョウキは力を溜める。セッカが狗神を翻弄するように、浅い攻撃を仕掛ける。
「ツララ、吹雪で視界を塞げ!」
ツララが猛吹雪で煙幕を張る。ヒョウキが両腕と角を青く光らせ、雄叫びを上げた。
ガアアアアアアアアァァァァァ!!
吹雪で足を止めた狗神に、ヒョウキが襲い掛かる! 太い腕がその身体にめり込み、その先から狗神が凍り始める。
「こら、狗神。遊んでるんじゃねえぞ」
何処からか、声がする。その途端、狗神が瞳を真っ赤に光らせた!
ゴオオオオオオオォォォォォ!!!!
狗神が炎を吐き出す。その炎は狗神の全身を包み、ヒョウキの腕にも絡みつく。
「ヒョウキ、離れなさい!」
まどかの声に応えようとするヒョウキだが、炎は鬼の腕から絡み付いて離れようとしない。狗神と距離を取り、ヒョウキはツララの吹雪に腕を晒す。しかし、吹雪に晒されても、炎は消えようとしない。
「ヒョウキ、とにかく炎を消して!」
まどかのヒステリックな声に、ヒョウキは地を転がって揉み消そうとする。その間にも、ツララとセッカは狗神相手に戦いを仕掛ける。しかし、致命傷どころか大きな傷すら与えられない。
「……止めようか、高殿宮のお姫様」
先程の声が、まどかに話し掛けた。まどかはその声に弾かれたように震え、動きを止める。
「そんなレベルの使鬼じゃ、オレの狗神には勝てない。分かっているんだろう? 天行寺のお坊ちゃん」
「……『世界』の敵、青葉!!」
鷹雄の吼えるような声に、男が現れる。
「ようこそ、妖遣いのエリートさん達。来るんじゃないかと思ってたんだ」
酷薄な笑み、冷たい瞳。寄ってきた大きな狗神を、犬にするように撫でる。
「高殿宮の使鬼でも、狗神には手も足も出ない。天行寺の跡取りでも、狗神程の使鬼は遣えない。お前等の負け、だよ」
馬鹿にしたような口振りに、鷹雄もまどかも青葉を睨み付ける。
「しっかし、この誘いを無視されたら、どうしようかと思ったぜ。炎遣いのガキと、ただ見ていたお嬢ちゃん、今回はハズレだったと思ってたが……いやいや、逆転大当たりだ」
何が嬉しいのか、青葉は低い笑いをこぼす。
「炎遣い、妖遣いの二人、あと……ん?」
青葉は静波達に目を止める。不思議そうに、何度か瞬きする。
「ん? 新顔だな。お前等の力も、見てみないとなあ」
ギラギラとした眼が、静波と荒波を見つめる。居心地の悪さに、静波は目を逸らした。
「そんな余裕、吹っ飛ばしてやんよ!」
社長に付いていた漣が、両手に炎を集めて青葉に躍り掛かる!
「甘いぞ」
青葉は、慌てることなく指を鳴らす。漣と青葉の間に狗神が飛び出し、漣の炎をその身に浴びる。
「ちっ!」
舌打ちし、漣が狗神から距離を取る。漣の炎は狗神に吸い取られ、その毛並みが赤味を帯びる。
「学びが足りねぇぞ、炎遣い」
炎の使鬼に、炎は効かない。前回の対峙で知ってはいたはずだが、漣は更に攻撃を仕掛ける。
「おらああああ!」
炎は揺らめき、狗神を包もうとする。狗神は一声吠え、その炎を取り込もうとした。
「まどか、今だ!」
漣の声に、まどかは瞬時に命を出す。
「ヒョウキ、炎を凍らせて!」
狗神が取り込もうとした炎が、ヒョウキの生み出した冷気で凍っていく。冷気を取り込み、狗神は苦しげに鳴いた。
「ほう、考えたな」
青葉が感心したように呟いた。その言葉に、皮肉は感じられない。しかし、余裕の笑みはそのままだ。
「じゃ、次の手だ」
青葉の言葉に反応するように、彼の足元が盛り上がっていく。
「……大地の使鬼か」
鷹雄の言う通り、地中から大きな蛇が現れる!
「ひっ!」
あまりの大きさに、静波は息を飲んだ。青褪めたその顔を見て、荒波はこっそりと囁く。
「静波、大丈夫?」
「……」
幼い頃の経験から、静波は蛇が大嫌いだ。どんな小さな蛇でも、恐怖しか感じない。
脂汗を浮かべる静波を見ながら、荒波は溜め息を吐いた。
「そうら、ジャオウ。あのジジイを喰っちまいな!」
ジャオウと呼ばれた巨蛇は、社長を睨み付ける。社長は何とか逃げようと、バタバタしながら物陰に入り込んでいる。
「このミミズ野郎!」
漣の怒鳴り声と共に、炎がジャオウにぶつけられる。しかし、側の狗神がその炎を取り込んでしまう。少し衰えていた狗神の炎の体毛が、また燃え上がる。
「まだ分からないか? 炎遣い。狗神とお前は相性が悪すぎるんだよ」
言われ、漣はまた舌打ちする。彼が狗神に直接ダメージが与えられないのは、特能ボランティア部側はかなり分が悪い。
(……何か、何かこの状況を打破できるポイントがあるはずだ。考えろ……)
鷹雄は大きく息を吐く。脳に新鮮な空気を入れ、思考をクリアにしようとする。
「ねえ、鷹雄……」
まどかが何か言いかけた、その時!
「ジャオウ、行け!」
ジャオウが社長に襲い掛かる! させまいと、漣がその前に飛び出し、炎で壁を作る。しかし、狗神が炎をどんどんと吸い込んでいく。
「ヒィッ」
突進するジャオウの尾が、静波達の近くの地面を叩く。それが、静波の限界だった。
ヒューーーーーッ
どこか掠れた、笛の音。そして、身体が歪むような違和感。
「うそっ」
漣の焦ったような声が途切れ、静波の意識は薄れていった。
「大丈夫かね?」
大きな、優しい声。ゆっくりと目を開くと、学園長の顔が見えた。
「あ……俺……」
「呼び笛で合図がきたからね。アポートしたんだが」
学園長が見た方に視線を向けると共に、容赦ない吐き気が襲ってくる。あの屋敷に行った時と同じだ。
「天行寺君、気が付いたよ」
学園長が呼ぶと、鷹雄がホッとしたように微笑んだ。
「良かった」
「……俺、みんなの邪魔をしたんじゃ」
吐き気を抑えながらよく考えてみると、まだ戦いの途中だったはずだ。とにかくこの場から逃げたい、蛇を見たくないと、それだけの個人的な気持ちで、危険度など無視して笛を吹いてしまった。
「ん……まあ、手詰まりだったし、しょうがないんじゃない?」
そう言ったのは、ぼんやりした目の漣だった。炎を使っていた時の猛々しさは、今の漣からは感じられない。
「漣の機転で、社長は無事だったから、気にすることはないわ」
まどかがそう言い、学園長室の隅を見る。そこには、呆然と壁に向かって座り込んだ、社長の姿がある。
「咄嗟に襟を掴んだから、一緒にアポートされたのよ。予定外のアポートで無事だったのは、運が良かったとしか言いようがないけれど」
「へへっ、まあね~」
漣が緩く笑い、学園長室が和やかなムードになる。しかし、地の底から呻くような声が、そのムードに水を差した。
「ああ……屋敷は……財産は……」
「……」
どうしても社長は、屋敷が気掛かりなようだ。気持ちは分からなくはないが、あの状況で命を取られなかっただけマシな気はするのだが。
「静波、大丈夫?」
荒波が近付いてきて、水を渡す。酔いがキツくて何とか水を飲めば、胃がムカムカして苦しい。
「取り敢えず、部室に戻ろうか。弓彦達も待ってる」
鷹雄の言葉に皆頷く。社長は学園長に任せ、静波は荒波に支えられながら部室に向かった。
部室に戻ると、弓彦と愛が待っていた。
「あり? 早かったな」
弓彦が不思議そうに声を掛ける。
「狗神は、仕留められなかった。でも、何となく突破口は見えた気がするよ」
鷹雄はそう言い、まどかを見る。まどかも彼に頷いた。
「あの狗神の倒し方、分かったんですか? 凄いです」
愛も驚いたように呟く。その後、静波に視線を向け、顔を青くした。
「静波さん、どこか怪我を……!?」
「違うよ、ヨシ。あれは、ただのアポート酔い~」
漣の言葉に、愛はホッと胸を撫で下ろす。
「私も、最初に飛んだ時には、本当に苦しかったです……。あ、お水を持ってきましょうか?」
愛はそう言い、奥の部屋に向かう。その間に静波はソファーに横たわり、「ううう……」と唸った。酔いはまだまだ治まりそうにない。
「で、突破口ってのは?」
弓彦もソファーに座り、鷹雄に訊く。
「青葉と狗神の契約、そこに付け入る隙があると思う」
鷹雄はそう言うと、ペンを手に取った。
「妖遣いと妖の契約は、二通りある」
手元のメモ用紙に、何やら書き込みながら、話を続ける。
「一つは、オーソドックスな方法。長い時間を掛けて信頼関係を築き、お互いがレベルを上げていく。その場合は、契約した妖は信頼の証に名前を妖遣いに貰うんだ」
まどかの側にいたヒョウキが、うんうんと頷く。幼児の姿のヒョウキは、先程の大きな鬼と同一とは思えない。
「この方法は、信頼関係が壊れるまで妖遣いが妖に裏切られることはない。リスクが少ない反面、自分のレベルより高レベルの妖は扱えない」
ペンを走らせ、話は続く。少しすると、札のようなものが書き上がった。
「もう一つの方法は、制御札を使った契約。これは自分よりも高レベルの妖を使うことが出来るけど、リスクが大きい。もしも制御札が破壊されれば、妖は無理矢理支配していた妖遣いを攻撃する。大体は、殺されることになる」
鷹雄はそう言うと、札の絵を皆に見せた。
「こんな札なんだけど、恐らく青葉は狗神と制御札で契約している。ただ、ジャオウっていう使鬼は、一つ目の契約方法での使鬼だ」
狗神を個体名で呼ばなかったのがその証拠だ、と鷹雄は言った。確かに、青葉は『狗神』としか呼んでいなかった。
「じゃ、その制御札を探して燃せばいいわけだ」
漣が簡単そうに言い、弓彦も頷く。
「でも、青葉はその制御札を簡単には出さないわよ。何処に隠しているのか、しっかり見極めないといけないわ」
まどかはそう言い、皆を見回した。
「探し物に適した能力は、ここのメンバーにはないわ。そうすると、いま在学中の学生の中に、サーチャーがいるかどうか……」
「占い部の物部 桜。彼女なら、探すことも出来るかもしれない」
まどかと鷹雄は話し、思案顔になる。酔いが落ち着いてきた静波の脳裏には、あの奇妙なフードの女が浮かんだ。
「……桜の予知夢の予知的中率は、60%。完璧な予知ではないわ」
「でも、可能性はある。道標もなしに動けないよ、『世界』の敵が相手なら」
二人の話に付いていけず、静波はフードの女が桜なのだろうとぼんやり思う。
「じゃ、その桜って人を呼べば?」
荒波が言うと、鷹雄は頷いた。
「そうだね、ここで議論していても仕方ない。今日はもう遅いから、寮に戻ろう。明日、桜ちゃんと話してみる」
もう日付が変わっている。とにかく明日の授業に備えようと、部員達は寮に戻った。
「なんか、色々有りすぎた」
寮に戻って、静波は思わず溜め息を吐いた。荒波も疲れているようで、何も言わない。
「あ~、風呂入らないと……」
「僕も行く」
寮の大浴場はいつでも使える。かなり遅い時間だが、風呂に入らないのは気分が良くない。
着替えを手に、大浴場に向かう。脱衣所に入れば、漣が服を脱いでいた。
「あり? 君たちも今から?」
「あ、うん。漣も?」
「一仕事した後は、やっぱ冷たいシャワーでしょ」
同い年くらいかと思い呼び捨てしてみると、漣は特に気にしていないように返事する。小柄な身体が露わになると、静波は思わず目を見張った。
(うわ……傷が……)
歴戦の痕なのか、傷が多い。裂傷、火傷、打撲痕……同世代の身体とは思えない。
「ん? いや~ん、えっち!」
視線に気付き、漣はおどけて浴場に入る。二人も続いて入っていく。
「シャワー、冷たくない?」
勢い良くシャワーを浴びる漣の隣に行く。冷たい飛沫が掛かり、いくら夏の終わりでも……と声を掛けたが、漣には聞こえていないようだ。
「荒波、さっさと終わらせろよ」
荒波はいつも長風呂だと、お手伝いさんがいつも言っていたのを覚えている。
「ん……」
離れた所で身体を洗っていた荒波の返事が聞こえる。静波も手早く身体を洗い、湯船に入った。
(うあ~、気持ちいい~)
手足を思い切り伸ばし、湯を堪能する。ふと漣の方を見れば、彼はまだ冷水を浴びていた。
(……寒そう)
まだ暑さが残る季節にこう思わせることは、なかなかない。
「荒波~、出るぞ~」
ゆっくり堪能してから声を掛けると、湯気の向こうから湯船から出る音がした。
「じゃ、また明日」
シャワーを浴び続ける漣に声を掛ける。聞こえないかと思ったが、漣は片手を上げて返事した。
さっぱりして、ベッドに入る。疲れもあってか、静波はすぐに夢の中へと入っていった。
読んでいただき、ありがとうございました。
次は、また彼女の出番です。
ヒロインは誰になるのか、書いている方もよく分かっていませんが(笑)、よろしくお願いします。