模索
菜園場の運転する車は、高校の駐車場に乱暴ながら綺麗に駐車した。
「ちょっと待ってて」
門の前でインターホンを押すと、少しして用務員がモニターに映った。人の良い顔で笑う。
「ああ、一学期に転校した、双海くん……だったっけ?」
すんなり開いた門に少しセキュリティが心配になるが、今は有り難い。職員室に行けば、見知った顔が驚いて静波を見た。
「いきなりどうしたんだ、双海? 忘れ物か?」
元担任は気さくな人で、突然転校することになった静波を心配してくれていた。静波は笑顔のまま、用件を伝える。
「椎名に会いたいんだよ。呼んでくれない? おっちゃん」
「おっちゃんはやめろって……」
言いながらも、事務室に連絡する。少ししてチャイムが鳴り、校内放送が流れた。
《二年五組の、椎名悠理くん。担任の越智先生がお呼びです。職員室に来て下さい》
「しっかし、双海。学校まで来なくても外で待ち合わせは出来なかったのか? それに、光輪学園…だっけ? 全寮制って聞いてたけど、休みなのか?」
「あー、ちょっとさあ……」
あまり詳しく話せないから、とりあえず言葉を濁す。そうしていると、職員室の扉が開いた。
「椎名でーす」
「あ、椎名!」
思わぬ静波の顔に、悠理は目を丸くする。そして、突然蹲った。
「あああ! 腹痛い! 保健室行かなきゃ〜!」
「下手な芝居はいいから、話があるなら中庭ででもしてこいよ」
苦笑いの越智に笑いながら頭を下げ、悠理は静波と職員室を出た。二人で廊下を歩いていると、まるでこの数ヶ月の事が夢の中の出来事だったような気がしてくる。
「で、どうしたんだよ静波! こっちの学校に戻ってくるのか?」
中庭に出てから悠理はそう訊いてくる。静波は首を振り、悠理に尋ねた。
「なあ、裏警察の居場所って知らないか?」
予想外の質問に、悠理は目を瞬かせている。そして、首を傾げた。
「裏警察って、何だ?」
「お前の親父さん、裏警察じゃないのか?」
とんだ空振りだったと肩を落とす。これじゃ、どうやって探せばいいのか……?
「うちのオヤジは……なんか『超常現象対策一課』とかいう閑職だって聞いたぞ? 何やらかしてそんなとこに飛ばされたかは知らないけどな」
一応上の方らしいけど、と悠理は笑う。
「その……超常現象対策一課ってのはどこにあるんだよ?」
「いや、知らないけどさ。行った事ないし……ん?」
首を傾げる悠理の言葉を待てば、悠理は携帯を取り出した。
「連絡先なら分かるぞ。ほら」
見せられても、さすがに直接連絡するわけにはいかないし……と考えていると、悠理はさっさとその番号にかけてしまった。少しして、彼はニッと笑う。
「あー、椎名悠理です。父をお願いします。……あ、オヤジ? 俺、俺! 誰が詐欺師だっ! 悠理だよ! あのさ、オヤジの勤め先の場所教えてくれね? ……まぁ、そんなとこ。……いいじゃん、場所くらいさあ……」
中庭の隅の方に移動し、悠理は何度か頷く。しかし、彼は困った顔で静波を見た。
「ダメだ、教えられないって……おわっ!」
考えるよりも早く、静波は悠理の携帯を奪った。そのまま話しかける。
「お願いします! 場所を教えて下さい!」
《……君は?》
受話器越しの声は低く、嫌でも威圧を感じる。しかし厳格な声に負けないように静波は声をあげた。
「双海静波といいます。悠理くんの友達です」
一瞬、息を飲む気配がした。少しの沈黙の後、電話向こうの声が話しかける。
《双海、静波くんだね?》
「はい」
《少し待ちなさい》
その言葉の後、音楽が流れ始めた。それを聞きつけたのか、悠理が側にやってくる。
「オヤジ、どうした?」
「待ってろって……」
「何で?」
「さあ?」
首を傾げながら待っていると、やがて音楽が途切れた。
《場所を言う。しかし、悠理や他の人間には決して教えてはいけない。……まあ、影世界の者は別だが》
やはり、影世界の事を知っている。知らずのうちに携帯を握る手に力が込もる。悠理から離れると、彼は何か感じ取ったようでその場から動かなかった。
《いいかね?》
確認し、声は場所を伝えた。頭で復唱しながら、静波は中庭を抜けて駐車場に向かう。車で待っていた菜園場に黙って受話器を押し付けると、彼は頷いた。
「ありがとうございます」
礼を言うと、電話向こうの声は《もういいかね?》と確認してくる。大丈夫と返して電話を切ろうとしたが、呻くような声がそれを止めた。
《君たちが何者なのか……そんなことはどうでもいいが》
「え?」
《頼むから、悠理を巻き込むのは止めてくれ……》
思わず言葉を失い、静波は目を伏せる。
「……はい」
ようやくそう答え、電話を切った。悠理に携帯を返さなくては。そう思いながらも足は動かない。
「坊っちゃん、もう少しですよ」
菜園場の言葉に頷き、静波は中庭に向かった。
「静波? どうしたんだよ?」
待っていた悠理に携帯を返し、まじまじと顔を見る。つい数ヶ月前には、いつもの見飽きた顔だった。なのに、今は随分遠く感じる。
「椎名、ありがとう。お前のお陰で助かった」
「なんだよ、随分他人行儀だな。オヤジ、何処だって言ってた?」
悠理が楽しげに訊いてくるが、それに答えるわけにはいかない。この戦いに、彼を巻き込むことは許されない。
「……全部終わったら教えるよ。今日は会えて良かった。じゃ、またな」
一気に言い、そのまま身を翻す。しかし、悠理の手がそれを止めた。
「椎名?」
「お前、何隠してるんだ?」
いつものへらへらした顔じゃない、その表情と声で悠理が真剣な事は分かる。しかし。
「離せよ。早く帰らなきゃ……」
「静波‼︎」
腕を掴んだその手に力が込もる。視線が交錯し、引いたのは悠理の方だった。
「終わったら、絶対連絡してこいよ……忘れてたら、リリコとお前の家に上がり込んで探検してやる!」
「あー、はいはい。……じゃあな」
家なんか知らないくせに、と思いながら静波は苦笑いを浮かべる。何も訊かずに行かせてくれる、それに感謝しながらも振り返らずに車に向かう。
「どうぞ」
待っていた菜園場が開けたドアに入り、静波はふとバックミラーに目をやる。そこに写っていた自分の顔に、口元が歪んだ。
「……ごめんな、椎名……」
随分心配を掛けただろう親友を思いながら、車は学校から去っていった。
「良かったの? シーナ」
ひょこりと出てきた璃莉子に訊かれ、悠理は困ったように笑った。
「バカだよなあ、あいつ。別れ際にフラグ立てまくりやがって……あれで、無事に帰ってくるつもりなのかよ?」
「静やん、あれで結構頑固だからねぇ……でもまぁ、電話来たらお帰りパーティーすればいいじゃん! ケーキとチキンで、ね?」
「クリスマスかよ……ま、そうだな。ついでにリリコの失恋パーティーも兼ねてな」
「……シーナ!」
怒る璃莉子の拳を躱しながら、悠理は静波が去っていった方を見る。
(マジで、さっさと帰ってこいよ)
親友の無事を祈り、彼は校舎へと入っていった。
受話器を置き、椎名は溜息をついた。
「これでいいんだな?」
「課長にしては、なかなかでしたよ」
笑いながら、白木谷が拍手する。
「流石に、息子さんの身には変えられませんか」
「……出来る事はした。悠理に手を出すな」
青褪めた顔の椎名を労うように、白木谷は肩に手を置いた。
「ええ、当然。この誘いに乗ってくれれば、もう御子息には用は無い」
その言葉の意味をよく考える。誘いに乗ればという事は、誘いに乗らなければ、結局息子を餌にしてその友人をおびき出すことになるわけだ。
「御子息を物騒な事に巻き込まなくて、本当に良かった。……このまま、無事に済めばですがね」
不穏なセリフを残し、白木谷は部屋を出る。あのご執心の『プラント』へ行ったのだろう。
(白木谷の天下というわけだ)
名目上は椎名の方が上司だが、実質ここの実権を握っているのは白木谷だ。彼にしか扱えない奇妙な機械や装置がこの十年程で随分増えた。その度に上層部に呼び出されては小言を言われるのももう慣れた。それよりも慣れないのは……
(あの冷たい眼)
心まで凍らされそうなあの視線。その口元だけを歪めて、白木谷は利用できる駒として息子の名前を言ったのだ。
(何処でもいい、早く異動にならないものか……)
そう思いながらも辞めるという選択肢がない事に、椎名はタバコを口にしながら自嘲する。息子達を守り育てる為に仕事をしているはずなのに、それが危険を招くとは。
日蝕が終われば、平穏な日々に戻る。
それだけを信じ、椎名は紫煙を吐き出した。奴が何を考えているかなど知りたくもない。とにかく、ゆっくりと休みたかった。
屋敷に戻ると、そのまま満江の部屋に行く。慌ただしく部屋の前で正座すれば、声をかける前に引き戸が開いた。
「静波、どうだったかい?」
満江の声に急かされ、静波は部屋に入る。広げていた地図を見て、眉をひそめた。
「菜園場さんに見てもらっていい?」
「状況が状況だし、呼んで来な」
許可を得て、静波は後ろに声を掛けた。畏まった菜園場が小さくなって部屋に入ってくる。地図の前に来てじっくり見ていると、突然一箇所を指差した。
「ここです。電話の相手を信じるなら、ですが」
警察という公の組織の施設があるにしては、随分山奥だ。こんな場所にあるのなら、悠理の言う通り超常現象対策一課というのは閑職のようだ。
「柳谷、ここに跳べるかい?」
「行ったことのない場所だからな……。一度でも場所が見られれば良いのだがね」
柳谷の返事に、菜園場が深く頭を下げた。
「御案内致します。私は、地図さえあれば目的地に行けますので」
「……成る程な。ならば頼もう」
柳谷が立ち上がり、続いて菜園場が退室する。目印が付けられた二つの地図を見ていると、今度は荒波が入ってきた。
「御祖母様、遅くなりました」
「遅いよ、荒波」
満江は溜息を吐いて荒波に事の顛末を話す。黙って聞いていた荒波は、終わってから口を開いた。
「僕も、裏警察が先の方が良い。でも、鷹雄さんやまどかさんは、裏警察に入った昔の仲間と戦えるの? 僕達はあの学園に通ったのも短いし、友達も少なかったけど……」
在学年数が長い鷹雄やまどかには、確かに辛い戦いになるだろう。荒波の思いもよく分かる。だからこそ、静波は与えられた力を使うしかないのだ。
「で、いつ行くの?」
「柳谷のアスポートの準備が出来ればね。早ければ、明日の夜くらいだろう」
「えっ……」
告げられた決戦の日までの短さに、静波は思わず声を出す。八日後が戦う日だと勝手に思い込んでいた。明日の夜、それまでに神凪ぎを使いこなせなければ……。
「分かりました。僕も準備しておきます」
頭を下げ、荒波は部屋を出て行く。静波も続いたが、先を歩く荒波が振り向かずに呟いた。
「いいの? 時間がないけど」
何が言いたいのか理解し、静波は立ち止まった。ジッと自分の手を見つめてみる。
(このままじゃ……誰も守れない)
見ず知らずの人を全て守れるなんて、そんなことは思っていない。ただ、鷹雄やまどかの負担を減らしたい。神凪ぎならそれが出来ると信じていたが、自由に使いこなせないのなら……
「そうだ」
ふと、何かが過った。一人で会いたくない相手だが、もしかしたら何かヒントがあるかもしれない。
とにかく状況の打開を期待して、静波は離れに向かった。
キョトンとした顔の流は、目の前で頭を下げる静波を見ていた。
「能力の使い方? なんでオレに?」
「何か、ヒントが欲しくてさ……」
流にそう言ったものの、静波は内心焦る。神殺しの力と考えると、身近にいたのが流だけだった。藁にもすがる思いだったが、無駄足だっただろうか?
「せやなあ……静波の力がどんなんか知らんけどな、オレの力はイメージが大事なんや」
しかし、流はそう言って手を振り上げた。側の誰かの荷物がふわりと浮かび上がる。
「これは、下から持ち上げる手のイメージやな。そんで」
浮かんでいた荷物が床に叩き落される。
「これが上からパーで叩き落としたイメージ。何となく分かるやろ?」
「ああ、何となく……」
歯切れの悪い静波に、流はまた荷物を浮かばせた。
「静波もやってみたら? こういうのは実践あるのみやろ?」
「実践って言ったって……」
能力の無効化という力をイメージするが、いまいち浮かばない。流の『下から持ち上げる手』を思い浮かべ、静波は浮かんでいる荷物を睨みつけた。
(なら、こういうのはどうだ?)
手を斬る刀をイメージし、両手をパントマイムのように動かしながら流の念動力を断ち切る。しかし、荷物は浮いたままだ。
「? 素振りでもしとるんか?」
流の言葉に苛つきを覚える。切るもの、と考えた静波は、もっと身近な物を思いついた。
「これで、どうだ!」
両腕を広げ、一気に合わせる。掴んだ柄のイメージは、大きなハサミだ。荷物は落下し、流がキョトンとそれを見ていた。
「……できた」
ポツリと静波が呟くと、流が嬉しそうに頷く。
「すごいやん! なんで念動力が無くなったん? よお分からへんけど、これでオレの力は無うなったんか?」
言いながら荷物をまた浮かせ、一人で落ち込んでいる。さらに静波がイメージハサミで断ち切れば、流は拗ねたように横目で睨んだ。
「それが、静波の能力なんか? 使えるようになって良かったやん」
「そうだな……」
確か、広瀬は操られている元生徒たちは青い鎖で心を縛られていると言っていた。その鎖を、このイメージハサミで破壊していけば……。
「ありがとうな、流。これでなんとかなりそうだ」
後は、決戦の日までトレーニングを重ねればいい。礼を言って去って行く静波を見送る瞳は、仄かに赤く光っていた。




